監督人生を変えた存在
––ソフトボール女子日本代表が金メダルを獲得した背景には、秘密兵器となるピッチングマシンの存在があったとお聞きしました。
はい。私たちが金メダルを獲れた要因の半分は、このピッチングマシンを開発した研究チームのおかげだと思っています。もちろん我々も一生懸命トレーニングに取り組みましたが、この研究とピッチングマシンがなかったら、あんなにのんびりと練習できなかったと思います(笑)。
––「のんびりと練習」とは、どういう意味でしょうか?
試合中に、「打つための技術」を考えている暇はないんですよ。でも、このピッチングマシンでは、もう1球、もう1球と、想定する相手ピッチャーのボールを事前に繰り返し練習できる。それを何度も繰り返すことで、最終的に「考えなくても打てる」ようになるんです。これがチームにとって凄まじい力となった。だから金メダルの半分は、ピッチングマシンの力によるものなんです。
––本当にすごいマシンなんですね。
このピッチングマシンとの出会いが、私の監督人生を変えました。想像を遥かに超えたマシン。監督として勉強になっただけでなく、採れる戦略が増えましたね。
––そもそもどうしてこのマシンを取り入れることになったのでしょうか?
東京五輪の3年前に、2つの会社からピッチングマシンの話が来ました。両方から説明を聞いたうえで、パッとこっちがいいなと思ったんです。こちらの要求に応えてくれそうだ、と。それどころか「要求以上のものを出してくれるんじゃないか」と、直感的に思いました。
––その通りでしたか?
はい。私たちの目標は、金メダルを獲ること。言葉は悪いかもしれませんが、どんな手段を使っても勝たなくてはいけません。それには、自分の頭に浮かぶものだけで戦っていてはダメだと思いました。自分を崩して、新しいものに挑戦しなければならない。それが東京五輪を戦ううえでの自分のテーマでした。そのとき、たまたまピッチングマシンの研究に行き当たったんです。
––従来のピッチングマシンとは精度が違うそうですね。
まったく違います。使ってみて本当に驚きました。過去にもピッチングマシンを試したことがありましたが、それは一般的なバッティングセンターに設置されているようなもの。そのマシンも、たとえば上野由岐子(ビックカメラ高崎所属)のボールは忠実に再現されていて、インコースは避けてしまいそうになるくらいリアリティがありましたが…。でも、今回のマシンは再現の精度がまったく違う。ひと言でいうと、「ハンパない」ですね(笑)。
––新しい技術を練習に導入するにあたって、不安はなかったですか?
このピッチングマシンには最先端の技術が使われているので、研究者の皆さんから難しい説明をされることもありましたが、そこに対して違和感はなかったですね。逆にわからないから、もっと詳しく聞きたいと思いました。それは私だけでなく選手も同じで、後ろ向きに考える選手はいませんでした。「わからないことはあるけど、信じて使い続けたら、上手になるんじゃないか」と選手たちも積極的に使ってくれましたね。
––宇津木監督はもちろん、選手もコーチ陣もすごくポジティブですね。
「金メダルを獲らなければならない」というのは、とてつもないプレッシャーです。でも、そのプレッシャーをマイナスに考えるのではなく、すべてを前向きに捉えていこうと常に選手には教育してきました。その成果が、ピッチングマシンの活用にも現れたのかもしれません。