ボーカリストにいちばん大事なもの
――今回は武部さんが考える優れたボーカリスト像についてうかがっていきたいと思います。
武部 これは一言では語りづらいですよね。ただ、音程が正しく取れるとか、声量があるとか、ビブラートが正確だとか、そういうことではないでしょうね。もしかしたらテクニックの部分は、あとからいくらでも修正できるのかもしれません。
絶対に変えられないのは、持って生まれた声質。その声質を自分で理解して、生かす歌い方ができているかどうか。そして言葉を乗せて歌うときに、その曲のいちばん伝えたいメッセージを人に伝えられるかどうか。その伝える力が、ボーカリストのいちばん大事なポイントだと思います。
いくら曲がよくて、詞がよかったとしても、楽曲の世界観を伝えられなかったら意味がない。ボーカルのうまさばかりが目立って、楽曲まで耳がいかない場合もあるでしょう。
もちろんその逆のケースで、ボーカルがそこまでの力を持っていないから、世界観を描けないということもありますよね。とくにアマチュアの人の場合は。
だけど僕が出会ってきた人たち、長く一緒に仕事をしてきた人たちは、みんな生まれながらに独特の声質を持っていて、その声質を生かす歌い方を習得している。
なおかつ自分の作った楽曲でも、他の人が書いた楽曲でも、その曲の持つメッセージ、テーマやストーリーを聴く人にちゃんと伝えられる。それが優れたボーカリストだと思うのです。
――いわゆるうまいボーカリストが、優れたボーカリストではないということですね。
武部 はい。優れたボーカリストとは、技術的にうまいということではないと思います。どれだけ技術があっても、メッセージを伝えられなければ、ボーカリストとしては失格ですから。
――最近はカラオケの採点機能を使い、音程や表現力、安定性などの項目を評価して、ボーカリストに優劣をつけるテレビ番組を多く見かけます。
武部 それもある部分では間違ったことではないでしょうね。ボーカリストのテクニックを見るうえでは、大事なポイントなのかもしれません。そういった技術を身につけながら、僕が今言ったようなものを持ち合わせている人ももちろんいます。
ただ、僕が出会ってきた優れたボーカリストは、技術うんぬんではなく、世間的に見れば特殊な声の人たちが多かったと思います。