料理にはこだわらず、“食事の物語”にこだわる
――日本の食についてさまざまな角度から描かれてきた魚乃目先生ですが、日本人の食への価値観にはどういった印象を受けますか?
かなり食いしん坊な人々だと思いますね(笑)。日本ってその食材の季節に合った調理方法がいろいろと確立されていたり、その一方で鰻の蒲焼のようにこの食材だったらこの食べ方が一番っていう調理方法がきっちり決まっていたり、食材へのイメージや調理方法のスタイルにこだわる節があると思います。
だから海外からきた食べ物も日本流にすぐアレンジしちゃいますし。ラーメンなんてその典型でしょう(笑)。
――ただ現代の日本は、コンビニやファストフード店に行けば食べものは普通に並べられていますし、家から出るのが面倒であればデリバリーですぐに届けてもらうこともできます。昔と比べて食との関係は変化してきているような気がします。
確かにおっしゃるとおり変化していると思います。でも食との距離が変化しても、人とのつながりは不変だと信じています。
『しあわせゴハン』のなかの、母子家庭で育つ男の子が学校の遠足に行くエピソード「お弁当」では、男の子は仕事で忙しいお母さんに遠慮し「お弁当を作って」と言えませんでした。しかし、お母さんは忙しい合間を縫ってお弁当を作り、男の子に持たせてあげたんです。
弁当箱の中身はお米にウインナー、焦げた玉子焼きと特別なものではありません。何の変哲もないお弁当なのですが、それにこそ意味があると思っていて。
僕が大事だと思うことは、「美味しそう」、「見た目がきれい」とかではなくて、「よかったね」と思えること。
つまり、食べるまでの過程で人とのつながりがどれだけあるか、作ってくれた人、食べた人の間にどんな思い出があるのか。漫画を読んでもらってそういった気持ちを感じてくれたら、漫画家冥利に尽きますね。
グルメ漫画ばかり描いているのに、私自身が食にこだわりがないというのは、食べ物の背景にある人間ドラマを描きたいからなのかもしれません。
取材・文/文月 撮影/井上たろう