「ライブラリー」の重要性

このグリコ・森永事件は、私に「即時に使えるライブラリーテープ作成」というアイデアを与えてくれました。

当時、取材カメラはフィルムからビデオテープに移行して間もない頃でした。初期のビデオテープは4分の3インチUマチックと言われるお弁当箱のような大きなビデオテープでした。このビデオテープになって初めて直面した大事件がこのグリコ・森永事件でした。

一年半にわたって警察、マスコミが、犯人にいいように振り回され続けた事件でしたから、大量のビデオテープが溜まっていきます。私たちは編集室に山積みにされていくテープを初めて見たのでした。

まだまだ若手の私が、そのときに考えたことが、「素材(ラッシュ)の整理」でした。この事件では、脅迫状だけでも147通もの量があり、その文面を一行一行カメラで接写しています。そして、現金の受け渡し場所も犯人があらゆる場所に変更し続けたため、多くの映像があります。

その膨大な量の素材の中から的確な映像を即座に見つけ出さなくてはいけません。映像資料の管理は編集の責任です。きちんと整理しておかないと一番困るのは私たち編集者なのです。

そこでそれら膨大なテープを日付順に一本のテープにOKテイクだけダビングしていき、手書きの一覧表を作っていったのです。挑戦状などは縮小コピーしたものを張り付けた台帳を作成し、まとめました。

当時のアナログビデオでは、ダビングすると画質が落ちるのですが、日々展開が読めない事件だっただけに、過去の素材を即座に出せるほうが圧倒的に価値があると思ったのです。

これによって、過去の素材が即座に出せるようになり、テープの山から大慌てで探し出すということが無くなりました。この私の作ったこのライブラリーは大いに役立ち、そのテープをさらにダビングして複数作り、編集者全員が使えるようにしました。このノウハウは、約十年後に起きた阪神淡路大震災など、大災害や大事件のときに大いに役立ったのでした。

これらの経験から、「映像編集は準備が7割、本番が3割」ということがわかるようになり、それは仕事全般に通じることだと思えるようになりました。

大事件、大事故によって多くのことを学びました。それは編集のテクニカルなこととは別に、「世の中の見方」という、生きていく上でとても大切なこともまた教わったのでした。

文/宮村浩高 写真/共同通信社