映画館のおかげで優しくなった街

田端を選んだのは、平塚さんが北区在住ということもあるが、興行場法をクリアする物件を探し回ったところ奇跡的に見つかったのが現在地らしい。

「最初はこういう映画館ができることを心配する住民もいるかな?と構えていたんです。ところが商店街の会合へ初めて挨拶に行ったとき、『これは他人事じゃねぇよな。俺らだって、いつ目が見えなくなったり、耳が聴こえなくなるか分からないんだから応援しようよ』と受け入れて下さった」(平塚さん)

下町の人情は粋だ。最寄りの田端駅からチュプキまでの道のりには、新田端大橋から地上に下りる長いスロープがある。その踊り場に、自転車の速度抑制を促すポールが設置された。歩行者が安心して歩けるようにとの配慮からだ。商店街入り口の横断歩道には、押しボタン式の音響が付いた。商店街の方が、警察署に掛け合ってくれたという。

目や耳が不自由な方も赤ちゃん連れもウェルカム!日本で一番優しい映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」_8
ポールが設置されたスロープ
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商店街の近くの信号に設置された音響

他にも道に迷っていると、地元住民に道案内されたというエピソードが多数。目が不自由な人を、地元の高校生がチュプキまで介助してくれたこともあったという。商店街の方が言う。「街が優しくなった」と。

「街中にこういう場所を作ってよかったなと思うのが(障がい者と健常者が)触れ合う場所が出来たということ。小さい映画館なのでご予約の方が遅れそうな時、5分ぐらいなら上映時間を遅らせる時があるんです。ある日、交通機関の遅れで目の不自由な方の到着が遅れている旨をお客様に説明したら『待つよ』と了承して下さった。その方が帰り際に『待てた自分が嬉しかった』とおっしゃっていたのが印象的でした」(平塚さん)

もっとも経営はチケット収入だけでは厳しいというのが現実だ。サポーター・クラブの会費や映画会社から依頼のあった作品の音声や字幕の制作でやり繰りしているのが現実だという。

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取材に伺った日は、平塚さんがプロデューサーを務め、音声ガイド制作の奮闘を追ったドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち』(10月22日公開)の試写会が行われていた
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しかし時代は確実にチュプキに追い風が吹いている。2013(平成25年)に障害者差別解消法が制定され、シネコンなどでは言語バリアフリー化アプリUD castが普及。さらに2021年に改正障害者差別解消法が公布されたことに伴い、全作品に音声と字幕ガイドが義務付けられるような動きになってきている。

「City Lightsの活動もそうなんですけど、上から説得されて行動するより、体験した人が“面白いから広まって欲しい”と起こした活動の方が、時間はかかるけど、本当の意味での変革ができるように思います。トップダウンよりボトムアップ。まずは皆さんに体験していただきたい」

田端といえば、とりたてた観光名所もなく“田端ナッシング”(by@kurage60さん)とも称された街。しかし、もうそうは呼ばせない。田端にはチュプキがある。




取材・文/中山治美 構成/松山梢



CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)
〒114-0013 東京都北区東田端2-8-4
TEL&FAX 03-6240-8480 水曜定休
https://chupki.jpn.org

※8月31日まで新しい映写設備(DCP)導入のためのクラウドファンディングに挑戦中