所持金711円の謎

この事件の後、テレビ局内ではその話題には触れづらい、「タブー」のような雰囲気があったように思います。そしてその結末もどうなったのか説明されずに終わっていました(少なくとも私たち編集スタッフには)。

トラブルを水面下で処理してしまうことは、同じような問題を繰り返してしまう大きな要因の一つです。事件が落ち着いてからでも、取材ディレクター、カメラマン、編集者を含めて「今後同じような場面に直面した時にはどうすればいいのか」など、話し合いの場を持つべきでした。自らの「失敗」をオープンにし、共有することだけが、再発を防ぐ方法だと思うのです。

一方で、この豊田商事会長刺殺事件は私たちが報道したような単純な話だったのだろうかと、後になって思うようになりました。

表向きは、多くの人たちからお金を騙し取った永野会長に怒りを感じた犯人2人が、永野会長に制裁を加えたというストーリーです。しかし、本当にそんな単純な話だったのでしょうか。

永野会長は殺害された時、32歳。その若さで2千億円ものお金を騙し取ることが本当にできたのでしょうか。そして最大の疑問は、それほどの巨額のお金がほぼ無くなっていたことです。
後に回収された金額は約200億円だけで、残りの1800億円ほどのお金は、どこかに消えていました。

永野会長が殺された場所は、普通の会社員が住んでいるような庶民的なマンションで、殺された時の彼の所持金はわずか711円だったといいます。2千億円ものお金を騙し取った会長がなぜたったこれだけしかお金を持っていなかったのでしょうか。

また犯人2人は、被害者に頼まれて犯行に及んだと証言していましたが、それだけで有無もいわさず人を殺害できるものでしょうか。

弱者をターゲットにした永野会長に義憤を感じた犯行なら、部屋に押し入ってから永野会長に対して怒りの罵声を浴びせるようなことがあってもおかしくなかったはずです。しかし、私の記憶ではそのような音声は、どこのテレビカメラにも収録されていません。

ただ淡々と無言で殺害した印象です。無駄な会話を一切せずに殺害する姿は、「義憤に感じて」というよりも「仕事として」行ったように感じてしまうのは私の思い過ごしでしょうか。実は、裏には大きな黒幕が存在していて、そこからの指示で、永野会長が逮捕される前に口を封じるための殺害したのでは、という推測もできます。

しかし、そこまで追いかけたマスコミはいなかったようです。この事件が、グリコ・森永事件と日航ジャンボ機墜落事故という歴史に残る大事件・大事故の間に起きた事件で、深く追いかける余裕がマスコミになかったことも関係しているのかもしれません。この事件は多くの謎を残しました。

構成/木村元彦 写真/共同通信社 イラスト/亀谷友輝