「ええ、初めて地下のトンネルに降りたとき、不法侵入で逮捕されました!」(セリーヌ)

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_5
トンネルでの撮影中のセリーヌ・ヘルドとローガン・ジョージ

──私がお二人のリサーチに賭ける熱情で感銘し、驚いたのは、かつてのトンネルに一歩でも足を踏み入れると不法侵入で逮捕されるリスクを負ってでも、トンネルピープルが残した痕跡を探しに行くチャレンジ精神です。

私が想像するに、地下に潜っての生活というのは、心理的によっぽどの追い込まれての選択だと思いますし、その後、地下から地上生活へとシフトした後も、表立ってカミングアウトされないようなつらいこともあったのでは。 実際に、当時のトンネルに足を踏み入れてみて、どういう印象を受け取りましたか?

セリーヌ「私が初めて地下のトンネルへと降りていったのは2012年のことです。当時、まだ生活の痕跡が色濃く残っていて、見るにはつらいものもあり、胸がはりさけんばかりになりました。トンネルで生活するようになったのは、他の選択肢がなかったから。人生にオプションがないから、そうなった人が多いんです。

一方で、逆に『地下こそが私の場所なんだ』と思う人も存在しました。何ら煩雑な手続きなく、ここが私の場所と言える空間があって、家賃も払わなくていい。アメリカには、ホーレスが身を寄せることができるシェルターがあるんですが、施設への出入りの時間に制限があったり、門限が決められていたりする。

でも、地下では自由に生活の場が設計できます。自分のやり方でコミュニティが作れることが魅力的だった人もいるかと思います。中には生まれたときからホームレスのコミュニティで育ってきた人がいて、地上ではかなわないけれど、地下では自分たちでコミュニティを作れたという背景もありました。

そして、あなたの最初の質問にありましたけど、ええ、私は初めて地下に降りたとき、不法侵入で逮捕されましたよ! でも、判事の前で、『ホームレスに関するプロジェクトの映画を作りたいからだ』と訴えたら、赦されました」

アメリカで深刻な教育の格差、ホームレスの子供たちが直面する事情

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_6
リトルに抜擢されたザイラ・ファーマー。セリーヌとローガンがリサーチ中の教会で、家族で訪れていたザイラに目をとめ、今回の起用となった。2011年6月生まれ。本作が映画初主演映画となる。
1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_7
1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_8
1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_9

──映画の中での暗闇の中でのコミュニティは、何が起きるかわからない、どこに危険が潜んでいるかの怖さもある。でも、一方で、母親の子宮の中にいるような温かさが演出されていて、リトルが暮らすコミュニティはみな顔見知りで、大人たちが優しくリトルのことを見守っている関係性も描かれます。

なんなら、都会で孤独に放置されている子供よりも、温かい愛情を掛けられている瞬間もある。先程、話に出たグラフィックアーティストのジョンはリトルが引き算出来ないことに気づき、母親であるニッキーに教育の大切さを訴える場面もありますが、それはお二人が教育の場が与えられていないホームレスの子どもの現状をご覧になって作った場面ですか?


セリーヌ
「その通りです。教育格差の問題はアメリカでは深刻になっています。公立の教育のレベルが学校によって左右されて、全国的に統一されていないんです。寄付金によってうまく運営されている学校もあれば、支援が行き届いていない学校もあります。裕福な家庭が多い地域は教育レベルが高く、一方、今回、私たちがリサーチする中で取材したのは、学校の周りにホームレスのシェルターが3つあるというエリアでした。

在籍生徒の70%のお子さんがホームレスという構成の学校です。そこで流れている家族間の感情は暖かくて、愛に満ちている。でも、基本的に学校の運営費が足りていなくて、学校での備品がそもそも足りていなくて、教育がいびつになっていたり、昼代が払えない子どもいて、ショックでした。アメリカに限らず、国が最も大切にすべきものは子どもたちであるべきなのに、彼らの面倒をしっかりと見ることが出来なくて、周囲の大人たちが疲れてしまっている

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_10
地下で暮らす人々の存在を問題視したNY市は一掃作戦をスタートし、ふたりは地上に逃げることを決意する。

今回、リトルの環境を、美しく見てくれてありがたいと思います。この映画では、彼女の面倒を見てくれる地下のコミュニティは温かい関係性で描きましたが、意を決し、ニッキーがリトルを連れて地上に出ると、リトルを巡る状況が真逆になってしまう。つまりそこは冷たくて、危険で、油断ならない世界なんです。このニッキーとリトルが辿る経験は、視聴者にとっては予想と反対の体験になるかと思います。

私たちの多くは地下の中にいると、暗闇の中で息を潜めて暮らしているんじゃないかと思う。地上の方がほっとする空間だと地上で生活している人は思っている。でも、ニッキーとリトルが地上に出てきて体験する風景を見ると、それは逆であると、二人の体験を通して知ることになる。この逆転した構造から、ホームとは、家とは何かをみなさんに考えて欲しかったんです」