原動力は「我が警察人生に悔いあり」
虎男さんが、この事件に異様な執着を見せるのはなぜか。背景には、自身の刑事人生への「悔い」が影響しているという。
「発生当時、捜査本部の一人として関わり、10年後に捜査を見直して、もう一歩で犯人に手が届くところまでいった。にもかかわらず、自分の力ではない力、自分の納得できない理由で未解決になってしまった。その一因としては、自分自身の問題もあると思ってるんです。
私は、自分が納得できないものはやらない性格で、先輩の言うことも聞かず、逆に反面教師にして刑事人生を歩んできました。だから部内にものすごく敵を作って、1年間、山奥の駐在所に飛ばされたこともある。この『スイミングコーチ事件』のときも、そんな自分の人間関係の問題で異動になったところがある……。
もし『相棒』の杉下右京(水谷豊)のように、組織に疎まれながらも組織をうまく使って事件を解決する度量が私にあれば、この事件の結末は変わっていたかもしれない。そう思うと、今でも反省しているし、被害者遺族に申し訳ないという気持ちも強い。『我が警察人生に悔いあり』と思っているんです」
監督は、そんな虎男さんの「無念さを映画で表現したかった」と語る。それにしても、自分をモデルにした役を自分で演じるのは、どんな気分だったのだろう。
「……まあちょっと、変な気持ちやね(笑)。でも撮影は楽しくて、自分が知らない世界を覗いているような面白さがありました。完成した映画も、最初見たときは『あのシーンがない』とか気になったけど、2回目見たら、『けっこう、うまくできてるな』と思った(笑)。
ただ、監督と私の間には、若干のズレがあるんですよね。監督には、警察が時効で事件を終わらせたものを、映画の力でなんとか動かしたいという気持ちがある。でも私はちょっと違っていて。全国にはたくさんの長期未解決事件があって、苦しんでいる被害者遺族がおられる。そんな状況をなんとかしたいと思っている捜査員もいるんだ、ということに気づいてほしいというか。そこに目を向けてもらう一つのきっかけに、この映画がなればいいなと思っています」
取材・文/泊 貴洋 撮影/柳岡創平
『とら男』(2022年)
監督・脚本/村山和也
出演/西村虎男、加藤才紀子、緒方彩乃、河野朝哉、河野正明、長澤唯史、南一恵ほか
配給/「とら男」製作委員会
1992年、石川県で20歳の水泳コーチが殺害された「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」。多数の証拠が残っていたことから早期解決が予想されたが、なぜか犯人逮捕に至らぬまま、15年後に時効を迎えた。迷宮入りを悔やんでいた元刑事の西村とら男は、ある日、東京から来た大学生の梶かや子と出会う。かや子は事件に運命を感じ、とら男と再捜査を開始。化石のように風化していた事件が、ゆっくりと動き出す……。
8月6日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
公式HPはこちら https://torao-film.com
西村 虎男 にしむら とらお
元刑事
元石川県警特捜刑事。1950年、石川県生まれ。高校卒業後の1968年に警察官を拝命。2年間の交番勤務を経て刑事となり、特捜係長、特捜班長など歴任した。「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の捜査を最後に32年の刑事人生を終え、留置管理部門勤務を経て定年退職。2011年に『千穂ちゃん、ごめん!』を書き上げ、電子書籍として発売した。現在、農園で野菜作りを行いながら執筆活動を続けている。