監督や相手役に引き出されたリアルな演技
脚本は、村山監督自ら執筆。女子大生のかや子役に、映画やドラマで活躍する加藤才紀子を起用して、石川県や関東近郊などで撮影が行われた。
「加藤さんに話を聞くと、加藤さんと他の役者さんの絡みには台本があったみたいだけど、私には何もない。初日は『寝起きのままで、セットの家に来てください』と言われたので、パジャマのまま現場に入り、『顔を洗って』と言われて顔を洗った。そして『レトルトカレーをチンして食べてください』と言われてレンジにカレーを入れたら、どんどんパックが膨らんで、今にも爆発しそうに(笑)。『映画って、こうやって撮影するんや』と思いました」
とら男とかや子が出会うのは、おでん屋。「監督は本番まで私と加藤さんを会わせんようにしていて、現実の初対面が、映画の中の初対面だった」という。
「特別な指示はないけれども、監督の中にイメージはあったんやろうね。(おでん屋のシーンは)何回もカットがかかってやり直し。そのたびに酒を飲んでいたので、最後は酔っ払って、どうやって家に帰ったのかもわからない(笑)。とら男の家にかや子が来て、再捜査本部を作っていくシーンもアドリブでした。2人で電話機を持ってきたり、地図を広げたり。壁に掲げた『捜査10箇条』も、『昔、こんなの作ったことがあるな』と思い出しながら、私が書いたもの。全部手作りというか、行き当たりばったり(笑)」
そんな中、虎男さんがこだわったのは、犯人とおぼしき人物と対峙するシーン。
「監督からは『ニヤッとしてもらえませんか』と言われたけど、もし私が犯人を目の前にして動揺する表情を見たら、『自分の考えは間違ってなかった』とまず頷くはず。監督にそう言ったら、2通りで撮影してくれましたね。監督に意見を言ったのは、それぐらい。苦労という苦労もほとんどなかった。ただ、加藤さんは大変だったと思います。素人相手に台本なしで演技をしなきゃいけないし、再現ドラマの被害者役も演じているので、1人2役の大変さもある。特に首を絞められるシーンは迫力があって、現場で見ていて涙が出るくらいでした」
それは、「とら男」と「虎男さん」が同化していた瞬間だったのかもしれない。リアルな演技は出品した映画祭で高く評価され、「第22回TAMA NEW WAVE」ではベスト男優賞を受賞した。
「『何で自分が?』と、びっくりしました。そもそも本を書くということは、組織に背くということ。だから退職時の再就職の斡旋話も全部断ったんです。当然、老後の生活は厳しくなる。だけど女房は、私が言い出したら聞かない人間だとわかっているもんで、納得してついてきてくれました。本を出した後、『噂を消したい』という一心で、新聞、雑誌、テレビにも出ました。この映画も、その一環。そこまで腹を括った先でいただいた賞なので、何かご褒美をもらったようでした」