社会を縁の下で支える人たち
―― 十四年前のあの日、いったい何が起こったのか。秘密を探る才次郎は、竹田藩に大きな秘密があることに気づいていきます。
大小いくつもの秘密があるんですが、誰がどの段階でどこまで事情を把握していたのか、整理するのがとにかく大変でした。ミステリーって大変だな、とあらためて感じましたね(笑)。特に苦労したのが一番大きな秘密の扱いです。誰がどこまで知っているのが不自然じゃないのか、編集者と相談しながら、合理的で納得のいく形を探っていきました。
―― ミステリーにはもともと関心がおありだったんですか。
昔から好きで、小中の頃には『シャーロック・ホームズ』シリーズを暗記するほど熟読しました。これまでも謎があって解決がある、という構成の作品は書いてきたんですが、はっきりミステリーを意識したのは今作が初めてです。手がかりを置いたり、細かい描写に注意を払ったりしなければいけないので、いつもと違った難しさがありました。
―― 後半で明かされる竹田藩の秘密には驚きました。この驚愕の真相も史実をもとにしているのでしょうか。
この説自体は公にされているもので、さっきいった生き字引の方が詳しい調査レポートを書かれています。突飛ではありますが、あり得る話だと私も思っています。歴史の専門家にいわせるとトンデモ説かもしれませんが、十分納得がいくものですし、何より話として面白い。エンタメなのでそこが一番重要ですね。
―― 十四年前の事件の真相とともに明かされる、はぐれ鴉の秘めた人生が胸に迫ります。人間模様を描いた作品としても、読み応えがありました。
「椽の下の舞」という言葉がありますよね。大阪の四天王寺という聖徳太子ゆかりのお寺で、経供養に舞を奉納するんですが、その舞は非公開で、誰の目にも触れないのに、毎年続けられていた。その行為は誰にも知られないけれど、儀式を成立させるためには必要なんですね。竹田藩もこれに似ています。一見みんな平和で幸せそうに暮らしているけど、実は目に見えない犠牲によってその社会は維持されているんですね。
こういう状況は、時代を問わず常にある。それは現代日本だって同じだと思います。世の中を支えている人、犠牲になっている人たちの存在に、ちょっと思いを馳せてみては、というメッセージも含んでいます。
―― 秘密を知った才次郎は、より深く巧佐衛門や英里の人生と関わるようになる。最後の最後まで油断ができないストーリーは、連載前から決めておられたものでしょうか。
そうですね。プロットを担当編集者に見せて、ゴーサインをもらってから書き始めます。しかし他の作家さんもそうだと思うんですが、書いているうちにどんどん変わってくるんですよ。あれも入れたい、これも入れたいと。物語をより面白くするためのアイデアが浮かんだら、執筆途中でもできるだけ入れるようにしています。
小説を使った町おこしの
モデルケースに
―― 竹田市の皆さんの反響はいかがですか。
連載中から感想のお便りをいただいて、「いつ本になるの?」という声も数多くありました。私はこの作品が、小説による町おこしのモデルになればと思っているんです。町おこしをするとき「こんな歴史があります」と生真面目にアピールするのもいいですが、いっそエンタメにできないか。アニメとコラボする例もありますが、かなりコストがかかります。それに比べると小説はコスパがいいですよ(笑)。小説家にホイッと資料を提供いただいて、一人が作品にすればいいだけですから。今後もこのような形で、日本各地の自治体とコラボしていけたらと考えていますし、こういう試みが広がればいいと思っています。
―― それは面白い試みですね。
今度「大分合同新聞」で連載を始めるんですが、それは地元の高校生たちに毎日挿絵を描いてもらうことになっているんです。部数減で新聞も元気がないですが、市民参加型の連載で盛り上げていけたらと思います。
―― 謎解きあり、剣戟あり、恋愛ありと、エンターテインメント要素満載の作品です。初めての時代ミステリーを完成させて、今のお気持ちはいかがですか。
なかなか本を読んでもらえない時代。興味を持っていただくには、少しでも面白い作品を書くしかありません。今回は自由度の高い時代小説ということもあり、好き放題に書かせてもらいましたが、満足のいく時代ミステリーが書けたと思っています。
こだわっているのは冒頭の襲撃シーン。表現の隅々まで気を配って、実は五回以上書き直しています。できればすべての謎が解かれた後で、このシーンを読み返してみてください。初めて読んだ時はただ悲劇的で凄惨に思えるでしょうが、結末を知ったうえで読み返すと、これが崇高なシーンに変化するはずなんです。ぜひ二度読みしてもらいたいですね。