ダジャレ? お蕎麦に舌鼓
そろそろ腹ごしらえ。ローカル系の回転寿司のお店にするか、「桜えび」のノボリがはためく蕎麦屋さんにするか。こういう場面でグルメサイトを頼ったら旅情が台無しです。これまでの人生で培った己の勘を信じないで、何を信じるというのか。桜えびに惹かれた気持ちに従って、蕎麦屋さんをチョイス。たいへん美味しゅうございました。己の勘を信じてよかった!
蕎麦湯をすすりながら、ふとお盆の上を見ると箸袋が。書かれている店名をあらためて読み上げます。「そば家 平朗」か。ん、へえろう……。はっ、もしかしたら蕎麦屋さんに「へえろう」と決断した本当の理由は、ダジャレ的サブリミナルに突き動かされたからかも。己の勘よ、お前ってやつは……。
素敵な絵本専門店が
駅のすぐ近くに「おっ、これは帰りに寄らねば」と目星をつけていたお店があります。「うみべのえほんやツバメ号」という名前も外観もかわいい本屋さん兼カフェ。おじさんには場違いかなという躊躇を振り切り、勇気を出して青いドアを開きました。
うわ、絵本がいっぱい(当たり前ですね)。『おおきなかぶ』や『100万回生きたねこ』など、我が子が幼いころに読み聞かせて今は孫に読んでいる本もちらほら。
美味しいコーヒーをゆっくり味わったあと、意を決して、キッチンの脇で伝票を整理していた女性に「じつは、こういう企画で津久井浜に来ていて」と、タブレットに前回の記事を表示しながら唐突に取材を依頼。「あっ、はい。おつかれさまです」と快く対応してくださったのは、店主の伊東ひろみさんです。
お店のオープンは2013年。その前に、同じ屋号でネット書店を始めました。「ツバメ号」の名前は、イギリスの児童文学に出てくるヨットの名前を借りたとか。
「絵本は若いころから大好きで『絵本屋さんができたらいいな』という夢は持っていたんです。でも、現実には無理だろうなと自分で縛りをかけていました。東日本大震災があった直後、20歳の息子に何気なく『お母さん、ほんとは絵本屋さんをやってみたかったの』という話をしたんです。そしたら息子が『今からやればいいじゃない』って」
ふたりの息子を育てるのに精一杯で、夢を持っていたことすら忘れかけていた伊東さん。すっかり成長した息子さんが、自分たちはもう大丈夫だからと母親の背中を押してくれました。お店のwebサイトの立ち上げも息子さんたちが協力してくれたとか。自宅のある横須賀市内でお店の場所を探し始めて、めぐり合ったのが駅にも海にも近い今の物件です。
「店名にピッタリの場所だなと思ったんです。横須賀のコーヒー専門店の方に淹れ方を一から教わって、お菓子やパンの教室にも通いました。いざオープンしてみたら、なんせひとりなので、パンまではとても手が回りませんでしたけど」
店内では絵本をじっくり選びながら、のんびりした時間を過ごせます。キッシュやスコーンなどが付くランチセット(870円~)が人気だとか。
「地域の方々に助けられて、なんとか9年続けられています。このお店をきっかけに、お子さんたちが自分にとっての大切な一冊に出合ってくれたら嬉しいですね」
家族で絵本を楽しんでいるのを見たり絵本を選ぶお手伝いをしたりするのが、伊東さんにとってなによりの喜び。地域に助けられてお店があり、お店があることで津久井浜がより楽しく魅力的な街になっています。「えっ、津久井浜の見どころですか。そうですね、砂浜でも遊べるし、季節ごとに果物狩りも楽しめます。ぜひご家族でいらしてください」と伊東さん。
今回もたくさんの発見や出会いがありました。「派手な駅のとなりの地味な駅」は、やっぱりいい味わいですね。主役やエースばかりをもてはやしている場合ではありません。自分自身も、派手で目立つ存在を目指している場合ではありません。地味でも目立たなくても、ドラマがあり面白さがあります。知らない駅に降りたからこそ、そのことを感じることができました。あれ、もしかして津久井浜に失礼なことを言ってますか? 大丈夫ですよね。
撮影・文/石原壮一郎