創業120年の変わらない味
ミクスチャー食文化で知られる名古屋。その上方(北側)をぐるりと取り囲む岐阜県南部には、多種多様なカツ丼が存在する。濃尾平野にかかる岐阜南西部の西濃エリアにも、一度は食べてみたい……いや何度でも食べたい老舗のカツ丼があちこちにある。
一体、どんなカツ丼があるのか?
まず、西濃のカツ丼を語る上で避けて通れない名店が大垣にある。名古屋駅から東海道本線快速で32分の大垣駅へ。駅から徒歩38分(もしくはバス12分)に位置する「鶴岡屋本店」。1902(明治35)年創業という創業120年の老舗そば・うどん店だ。
この店にカツ丼が生まれたのは、第二次世界大戦で出征していた当時の店主が、終戦後にベトナムで捕虜になったときに出会ったデミグラスソースに感動したのがきっかけだという。帰国後に試行錯誤を繰り返し、うどんの出汁を加えたオリジナルのソースを開発。和風ソースのカツ丼がメニュー入りしたという。
国内のソースカツ丼と言えば長野県の伊那市・駒ヶ根市や福井県が知られている。確かに西濃と伊那市・駒ヶ根市は中山道の脇街道ルートでつながっている。しかし遠い上に、キャベツの千切りの有無やカツの形状などが大きく異なる。むしろスタイルとして近いのは、真北にある福井のソースカツ丼だろうか。
福井市から大垣市を結ぶ街道には、琵琶湖をかすめて南下する北国街道(現:国道365号線)というルートもある。鶴岡屋のカツ丼には複数のカツが乗っていて、キャベツも敷かれていない点などは福井との共通点もある。
もっとも味わいには、独自性が際立つ。ソース、ケチャップにうどんの出汁を合わせた"和風"のオリジナルソースには不思議な味のまとまりと独特の旨味がある。。やさしく、まろやかで、甘すぎず、丼に合わせて見事にチューニングされている。
初めてこの店を訪れる方は、まず「上カツ丼」を召し上がっていただきたい。通常のカツ丼もソースとカツのシンプル&ストレートなおいしさが味わえるが、「上」になると半熟の落とし卵がカツの上に鎮座する。
着丼した瞬間、ふるりと震えた卵の頂点に箸先をぷつりと入れると、白身の奥からとろとろと流れ出す卵黄ソース。この魅力にはどうしたって抗えないし、抗う必要もない。もっと言えばこの卵黄ソースにダイブしたい。
カツの揚げ加減もまたお見事。衣のサクッとした心地よさを残しながら、ソースもたっぷり、肉の食感も硬すぎずやわらかすぎず、白飯との相性もとてもいい。もりもり食べ進んでしまう。