浴衣のマシューと花火…デートのような思い出
ふたり目の“スター来訪”は、『メンフィス・ベル』(1990)を携えて来日したマシュー・モディーン。彼が配給会社ワーナーブラザースの宣伝マンH氏に「日本の家庭におじゃましてみたい」と囁いたのが事の始まりで、H氏は手っ取り早く「金子さんちで、いいんじゃない。ホテルからも近いし」とひと言。
かくして、Hollywood star coming!
当日は、マシューが同伴してきた友人で、のちに監督作『イン・ザ・ベッドルーム』(2001)がアカデミー賞候補にもなるトッド・フィールドと、通訳を担当していた字幕翻訳者の戸田奈津子さん、そしてH氏にその他数名の映画関係者が我が家に集まり宴会。ちなみに、スターおもてなしメニューは刺身盛り合わせ、豆腐サラダ、唐揚げ、手作り餃子、きんぴら、漬物etc.と、手作りながら居酒屋みたいでお恥ずかしいかぎり。それでも、スターのお口に合ったようで、ほっとひと安心。みなさんよく呑み、よく食べて、深夜にご帰宅でした。
そして、4年後。『ショート・カッツ』(1993)のプロモーションで来日したマシューと、「ロードショー」のインタビュアーとして再会。そのときに彼が「今回は、宣伝費の関係で温泉に行けないみたい」とポツリ。お節介な私は当時の「ロードショー」の編集長K氏に「なんとかなりませんかねぇ? プライベート写真は撮り放題ですが」と、まるでセコいマネージャーのような囁き(冷や汗)。
すると編集長は。「いいよ、那須にある我が社の保養施設でよければ。温泉もあるしね。ロケバスで行けばいいんじゃない」とあっさり手配をしてくださった。いやはや、太っ腹! おかげで、素晴らしい泉質の温泉と地元食材を使った料理を堪能し、近所で催されていた盆踊りにも参加。浴衣姿で踊るマシューの楽しそうなこと!
この旅には新人編集者S氏が同行し、帰路に日光東照宮の参拝や昼食には湯葉料理店の手配もしてくださって、細やかな心配りに大感謝。まさに“ニッポンの夏休み”を満喫して大喜びのマシューでした。
どのエピソードもいまとなっては、嘘のようなホントのお話。世の中がいまよりもずっとゆっくり進んでいた時代だったからこその“宝物のような時間”を過ごせたことに、感謝するばかりです。