明暗のある
クリスマスの表現

――最新刊『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』はクリスマスの時期のお話になります。ちょうど千景の誕生日はクリスマスなんですね。

 物語の流れとして季節がめぐって次はクリスマスの話になるのは自然だと思ったので、クリスマスのテーマにふさわしい聖母子像の絵画を取り上げようと思いつきました。キリストの誕生から一生の物語というのは絵画のモチーフとしてもとてもたくさん描かれているものなので、西洋美術というテーマとしても区切りをつけるのにちょうどいい感じになりそうだと思いました。クリスマスで終えられるのは色々な意味でよかったかなと思います。

――今回取り上げられる絵画はカラヴァッジョの作品です。とても波瀾万丈の人生を送った画家で、作品のイメージも強烈な印象があります。

 カラヴァッジョについて調べていて、その波瀾万丈な生涯にすごく引かれたんですけれども、そういう目で絵画を見ると明暗の表現がすごく独特な画家であることがわかります。強烈なイメージはそこからくるのだと思いますが、物語にも明暗というものがすごく影響したと思います。クリスマスで聖母子像というところから、母子の話が出てきますが、カラヴァッジョが短い生涯の中で強い熱意を持って絵を描き続けたという事実にも、物語を引っ張ってもらった部分はあると思います。

――冒頭で千景がアウトサイダー・アートの企画に関わろうとしているシーンがありますね。アウトサイダー・アートはちょっと日陰の存在的な、隠さないといけないことがあるという部分で、今回の事件の鍵となる親子に重なってきますね。

 今回もう一つのテーマとしてアウトサイダー・アートに焦点を当ててみたいという思いがありました。アウトサイダー・アートってものすごい情熱だけで描かれた、言ってみれば情熱そのものみたいな絵じゃないですか。感覚的な絵で、決して上手ではないのに、見る人は何かすごい、いいなと思ってしまう。そういう心が動く絵とは何なんだろうとずっと疑問に思っていたんです。図像術というのもある意味、絵を見て動かされるものがあるというところから始まっているんだと思います。千景がアウトサイダー・アートに興味を持ったのは、アウトサイダー・アートには人の根源的な何かがあると感じているからでしょう。もしかしたらこれを新しい研究テーマに考えているんじゃないかというイメージが浮かんだほどです。

──ミステリーとしてシリーズ全体でみると、人と人の関係がひっくり返るような心理的なトリックが多く使われていて、それは今回の親子関係におけるちょっと意外な展開にも当てはまるように思えます。

 元々人って一面的なものではないでしょう。いい面もあれば悪い面もあるし、自分で思っているのとはまた違う自分があったりもするわけです。そういった認識のしかた、されかたの違いが、ミステリー的な話の中で意外な結末へ結びつくんだと思っているんです。それは自然に入ってくるもので、ひっくり返してやろうと思ってやっているわけではないんですけれども、書いているうちにキャラクターの意外な面が見えてきてだんだん話が運んでいくようなところがあります。

──千景は失った記憶を取り戻したところから、透磨との関係を見つめ直して、この事件を解決して年齢を一つ重ねることになります。悩みや欠落感を抱えた18歳の大人になり切れていない部分も、千景の魅力として一つ提示できたという感じでしょうか。

 18歳って、大人のようでまだ微妙な時期だと思います。特に千景は能力的には大人顔負けの部分もあるし、昔から子どもっぽくないキャラクターではあるんだけれども、やっぱり少し幼い部分もあったので、この一年間を描けたのはすごくよかったと思います。事件を考えてキャラクターを動かしていくうちに、千景の心に自然に変化が出てきたのは、自分でも意外な部分もありつつ、楽しんで書けたと思います。千景が記憶を失っていたというのは自分を守るためでもあったわけですけれども、この一年間で自分を守らなければいけないところからは脱却できたんじゃないかなと思います。

──終わり方に関しては読んでのお楽しみですが、単純なハッピーエンドのゴールがあってそこにたどり着いておしまいという感じにはあえてしないスタイルは『思い出のとき修理します』シリーズに通じる谷さんならではの書き方ですよね。

 いずれにしろ、ゴールのない関係なんだと思います。そんな中で千景と透磨がどんな選択をするか、彼らの絆をどう感じるか、ぜひ読んで確かめていただきたいです。このクリスマスで千景は19歳になったんですけど、さらに20代になり、大人になった千景と透磨がキューブのみんなとともに活動していく未来も想像できるんじゃないかと思います。

──最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 このシリーズを読んで美術に興味を持ってくださった人もいると思いますが、他にもキャラクターや舞台、事件の背景など、いろんなところに楽しみを見いだしていただけたらすごくうれしいなと思います。18歳の一年間が終わったことで、千景は少女としての区切りがつきました。これで一旦シリーズは完結するんですけど、今後キューブのメンバーのことをまた思い出していただくことがあれば幸いです。もし私の中でもまた思い出すタイミングと合えば、新しい形でキューブのメンバーと読者の皆さんをつなぐことができるかもしれないです。どんな形でも記憶にとどめてもらえたらうれしいなと思います。

異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ
谷 瑞恵
集英社オレンジ文庫『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』谷瑞恵さんに聞く。「少女の時間の終わりで一区切りを」_1
2022年6月17日発売
682円(税込)
文庫判/272ページ
ISBN:978-4-08-680450-9
大ヒット美術ミステリー『異人館画廊』
第一部・完結!

千景が日本に帰国してはじめてのクリスマスが訪れようとしている――。
昔は苦手だったクリスマスも『異人館画廊』に集う面々との交流から、まったく違う風景に感じられる。
千景を笑顔で迎えてくれる人がいるからだ。
一方で、千景は英国時代の師であるヘイワード教授から博士論文を勧められていた。
それは再びの渡英を意味していて……。

そんななか不可解な強盗事件に、呪われた絵画が関わっているらしいと京一から相談を受けた千景と透磨は、
やがてカラヴァッジョに憑りつかれるように魅せられた男と、父との軋轢に苦しみ続けた女の奇妙な接点に気づく。
見る者の心揺さぶるアウトサイダー・アートの謎を追う中で、千景が見つけた自身の過去と未来を照らす「答え」とは――?
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