「少女の時間の終わりで一区切りを」ー集英社オレンジ文庫『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』谷瑞恵さんに聞く
西洋美術史の研究者としてスキップ(飛び級)でイギリスの大学院で学び帰国した18歳の千景が、絵に込められた呪いを読み解く「図像術」を駆使して謎解きをしていくミステリーシリーズ『異人館画廊』が、7巻目に当たる『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』で一つの区切りを迎えます。
少女の時間の終わりで一区切りを
西洋美術史の研究者としてスキップ(飛び級)でイギリスの大学院で学び帰国した18歳の千景が、絵に込められた呪いを読み解く「図像術」を駆使して謎解きをしていくミステリーシリーズ『異人館画廊』が、7巻目に当たる『異人館画廊 星灯る夜をきみに捧ぐ』で一つの区切りを迎えます。季節の花が咲き乱れ美味しいお菓子と紅茶の香りが漂う洋館のギャラリー兼カフェを拠点に、それぞれ得意技を持つ6人のサークル「キューブ」が絵画をめぐる謎に挑むミステリーは谷瑞恵さんらしいエッセンスに満ちたシリーズです。シリーズを振り返りつつ最新刊について谷さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=神田法子
絵画の呪いをめぐる謎を
少女が解決するシリーズ
――『異人館画廊』シリーズは、絵画にまつわる「呪い」を解いていくミステリーというのが特徴ですね。
私は以前デザインの仕事をしていたこともあり、美術、絵画が好きでずっと色々なものを見てきました。ミステリータッチの物語をシリーズで書こうとしたときに、美術と結びつけたらどうつながるだろうかと考えたら、ミステリアスな要素として「呪いの絵画」というのは使えそうだと思ったんです。とはいえ、特に絵画や美術史に専門的な知識があったというわけではなかったので、そこからたくさん資料を集めて調べていきました。
――ヒロインの千景の研究分野であり、推理の鍵となっている「図像術」という学問は、谷さんが創作された架空のものですよね? 「図像学」なら実際の西洋美術史の分野にあるものですが。
はい、「図像術」はまったくの私の創作です。呪いの絵画というものをホラー的なものや心霊的な呪いではなくて、きちんとした理屈のある世界にしたいなと思ったんです。図像学というのは西洋美術のルールとして、たとえばキリスト教の聖書に出てくるものやモチーフを描くときに象徴するアイテムや描き方があるということを体系化した学問です。美術における呪いをテーマに書くにあたって一種の技術的なものとしての図像学を使えたら面白いかなと思って、組み合わせてみたら「図像術」という形になりました。
──絵画をめぐっての謎解きですが、ルネッサンスからバロック期あたりまでの実在の画家の作品が主に使われていますね。現在の日本で生活している登場人物たちと絵画の世界をつなげてミステリーにしていくにあたって、かなり技術的に凝ったつくり方が必要になってきたと思いますが、謎解きのつくり方ではどのような工夫をされましたか。
ミステリーの謎の要素というのは、いつも最初に何か不可解な事件が起こるところから始まるものだと思います。まずその不可解な事件に何らかの形で絵画を絡めていくこと、そこから犯人が誰かとか、何が起こっていくのかを推理していくうちに、自然にストーリーが流れていくような形になりましたね。作品に関しては、象徴的な図像がよく使われていた時代のものを取り上げたら面白いかなと思って、15世紀から17世紀くらいまでの絵画を色々調べながら決めていきました。
――絵画をめぐるミステリーということで、現代における絵画というものの特殊性がクローズアップされてきますね。歴史的な意味を持っていて高額で取引されるものですし。美術館や画集の中にだけあるものではない感じがします。
2巻(『異人館画廊 贋作師とまぼろしの絵』)に出てくる偽物を商売にしている画商や、異なるタッチの画家の偽物を幅広く描ける技術を持った人がいるというエピソードは、実際にそういう人がいたという話を資料で読みました。調べていくとすごく面白い世界だと思いますね。シリーズを書いている途中で、突然有名な画家の絵が発見されたことがニュースになったこともあったんですが、絵画のことを考えているのでつい興味を持って見てしまいました。美術館に飾られているだけではない、世の中に翻弄される絵画の話も、面白く取り入れていければと思いました。
――今回で第一部完結ということですが、シリーズの展開としてもともと計画されていたものなんでしょうか?
毎回その巻のことだけに集中して書いていたので、何巻でどうしようというような計画はまったくありませんでした。一作一作、絵画を取り上げることと、キャラクター、特に千景の成長をどう進めるかを考えて、物語を組み立てていく感じでした。たまたま今回、クリスマスがテーマになっていて、千景が一つ大人になるという時点でキャラクターの変化も見えてきたので、一旦ひと区切りつけようと思ったわけですね。
――毎回、大変な事件が起こって忙しいのですが、1巻から7巻までで千景が18歳の一年間のお話なんですよね(笑)。
千景というキャラクターが18歳の少女というのは固まった設定としてあるものですから。1巻と2巻の間に何年という単位で月日が流れてしまうと、多感な時期ということもあり完全にキャラクターが変わってしまいますよね。だから、ちょっとずつ間を空けつつ物語を進めていくように考えました。一年を通してこの時期だからこういうテーマや展開がいいのではないかという、季節的な発想も入れ込みました。夏休みの話もありましたし、今回のクリスマスもそうですけど。18歳の一年間の時間を少しずつ取り上げていけたのがよかったかなと思います。