子どもを産みたいのか、それとも育てたいのか

40歳から不妊治療を始め、3度の流産を経験。気づけば、50歳を目前にしていた。「子どものいない人生」を現実的に考え始めたころ、夫の勤務先で養子縁組と代理母出産を経済的に支援する制度が創設された。

「『私は子どもを産みたいのか、それとも育てたいのか』と本気で向き合ったところ、育てることに重きを置いているのだと気づいたんです。『だったら養子でもいい』と思えた瞬間、心がスーッと楽になりました」

すでに妊活に費やしたお金は「郊外にマンションが買えるほど」にまで膨らんでいた。養子縁組のエージェントにも登録したものの、アメリカでは養子を迎えたいと望む人が多く、なかなかご縁がつながらない状態だった。そんななか、代理母の候補者が見つかったという連絡が届き、最後の望みを代理母に託すことに。

保存していた受精卵を代理母の子宮に移植。さらに、残っていた受精卵も「どうせ破棄するなら」と自分の子宮に戻したところ、52歳にして4度目の妊娠が判明した。

「驚きました。私自身、『また流産するかもしれない』と不安だったんですが、同時期に代理母の妊娠もわかり、肩の荷が少し下りたんです。ついに私も母親になれるんだと、ワクワクしていました」

10年以上の不妊治療の末、52歳で待望の我が子を出産したいとうさん
10年以上の不妊治療の末、52歳で待望の我が子を出産したいとうさん

そんな期待と不安を抱えながら、52歳で長女を出産。その約1カ月後には、代理母が次女を出産。こうして、10年以上にわたる妊活を経て、いとうさんは思いがけず52歳で一気に2児の母となったのだった。

「妊活中はつらいこともありましたけど、振り返ってみると『いい経験をしたな』と思います。あの時間があったからこそ、命は奇跡だと感じるし、子どもと一緒にすごす時間や経験、すべてが貴重だと思えます。

高齢で子どもを持つことを望むと、『親のエゴ』『子どもがかわいそうだ』と言われたこともあります。でも、子どもの幸せを願うからこそ、まずは親自身が幸せであることも大切だと思います。子どもたちが成長したとき『この親のもとに生まれてよかった』と思ってもらえるよう、揺るぎない愛情を注いでいきたいと思いました」