40歳からの妊活、希望をつないだのは「卵子凍結」
「30代までは、子どもをまったく望んでいませんでした。自分のやりたいことの足かせになると思っていたし、そもそも興味がなかったんです」
10年以上にわたる不妊治療を経て、52歳で2児の母になったいとうさん。20~30代のころの結婚や出産に対する考えを尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「29歳で最初の結婚をしたとき、夫は子どもを欲しがっていましたが、私は望んでいませんでした。昔から『子なし夫婦』に憧れていたんです。お互いバリバリ働きながら、好きな人と自由で楽しい生活を送るほうがいいと思っていました」(いとうさん、以下同)
夫の気持ちに向き合わず、はぐらかしていた部分もあったという。そうしたすれ違いもあり、夫婦関係は悪化。数年後、離婚に至った。
その後は、独身生活を謳歌していたいとうさんだが、転機が訪れたのは、38歳のときだった。
「友人の紹介で今の夫に出会いました。人間的にも尊敬できて、初めて『この人の子どもを産みたい』『この人と子育てをしてみたい』と思えたんです」
40歳で再婚し、結婚と同時に妊活もスタート。まずは人工授精に取り組み始めたが、早々に自然妊娠した。
「治療なんていらないのかも」と思うほど経過は順調で、特に心配もしていなかった。しかし、ある日突然、医師から子宮内で胎児が亡くなっていても出血や腹痛などの自覚症状がない「稽留流産」を告げられたのだった。
この経験を機に、いとうさんは人工授精から体外受精へと治療を変更することを決意。その後、夫の仕事の都合でニューヨークに移住し、現地でも本格的な治療を続けた。
そんななか、希望をつないだのが、30代半ばに行なっていた「卵子凍結」だった。
「30代半ばでニューヨークに留学していたとき、卵子凍結をしたんです。当時は将来のためというより、貧乏学生だったので、卵子を提供する『エッグドナー』のアルバイトに応募したのがきっかけでした。結局、採用はされなかったのですが、担当者から『自分のために卵子凍結をしておいたほうがいい』と勧められたんです。それで凍結した卵子と、40代になってから新たに採取した卵子を使って、体外受精に取り組むことができました」
治療を続けるなか、48歳で2度目の妊娠が判明。しかし、妊娠10週目で流産となった。
その後、卵子や精子提供も受けて妊活に臨み続けたいとうさん。49歳で3度目の妊娠がわかり、胎児の姿も確認できたことから、「今度こそは」と期待を寄せていたが、妊娠14週目に入ったころ、医師から告げられたのは「赤ちゃんの心拍が止まっています」という言葉だった。













