上條一輝さん(左)、神永 学さん(右)
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鵺の咆哮 浮雲心霊奇譚
著者:神永 学
定価:1,925円(10%税込)

鵺の咆哮 浮雲心霊奇譚
著者:神永 学
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神永 今日はよろしくお願いします。上條さんのデビュー作『深淵のテレパス』を読んで、すごく面白いと思ったんですよ。それでぜひ対談をしてみたいと僕のほうからお声がけしました。
上條 とても嬉(うれ)しいです。ありがとうございます。
神永 『深淵のテレパス』はいくつも「おっ」と思ったポイントがあるんですけど、まずホラーミステリとしての組み立てが非常に巧みですよね。怪異と謎解きを組み合わせるホラーミステリって、ついつい怪異を「何でもあり」にしてしまいがちなんですよ。実はこうでした、と設定をいくらでも後出しできてしまうから。上條さんはそこをきちんと決めて書かれているなという印象をまず受けました。
上條 おっしゃるとおり、何でもありにしたくないというのは最初から意識していました。ホラーはともすればご都合主義に陥りかねないジャンルなので、そこは気をつけるようにしましたね。
神永 僕の「心霊探偵八雲」や「浮雲心霊奇譚」では、まず幽霊というものの概念を最初に決めておいて、そこから逸脱しないような書き方をしていったんです。幽霊は物理的な力を持たないというルールを決めてしまったせいで、後々苦労しましたが、決めちゃった以上しょうがない。でも、そうやって作ったからこそ、ミステリとしての軸がぶれなかったとも思うんです。このルールが曖昧だと、意外な真相が明かされても「あ、そうですか」という感想しか出てこない。何でもありが許されるサメ映画みたいというか(笑)。
上條 もはや空を飛んでも温泉から出てきても「サメ映画だからな」で驚かなくなっていますものね。
神永 たとえばホラーミステリの書き手でいうと、澤村伊智(さわむらいち)さんや芦花公園(ろかこうえん)さんもぶっとんだ怪異を描いているようで厳密なルール設定をされているんです。上條さんもそこをきちんとされている方だなと感じていて、一度お話ししてみたいと思ったんです。
上條 大先輩の神永さんにそう言っていただけるのは光栄です。
神永 それと感心したのはキャラクターの立たせ方ですね。書き慣れていない人だと、キャラクターを個性的に見せようとして、設定を盛り盛りにしがちなんです。でもそれは逆効果。設定を盛りすぎると、かえって無個性になってしまう。サッカー選手でいうと、その人は足が速いのかポジショニングが上手いのか。
上條 僕もサッカー好きなので、その喩(たと)えはよく分かります。どれもが平均点だとかえって印象が埋没して、記憶に残りにくくなりますね。
神永 キャラを立たせるには、引き算をしなきゃいけないんです。というと「じゃあ欠点を作ればいいんだ」と思うかもしれませんが、それは引いているようで足しているんですよ。
上條 ああ、なるほど。確かに設定をひとつ追加していますね。
神永 上條さんの「あしや超常現象調査」シリーズは、そこが非常によくできている。晴子さんにしても越野くんにしても、決して極端なキャラクターではないのに、一度読んだら忘れられないんですよ。上條さんは作家になる前ウェブライターをやっていたそうですが、その経験が読みやすい文章に生かされているということはありますか。
上條 デビュー作を書くまでオモコロというウェブメディアで四年ほどライターをやっていたんですが、その経験は確かに生きてる気がします。ウェブ記事って基本無料で読めるので、つまらないと二、三行ですぐ離脱されてしまうんです。それで文章ののど越しを良くすることと、読者の心をしっかりキャッチできる内容であること、この二つは強く意識していました。それがデビュー作のキャラクター設定にも生かされているのかなと思います。小説は何百ページも読者に活字を追ってもらわないといけない。それで主人公が興味を抱けない人物だったら、いくら有料コンテンツでも、読み通してもらえないなというのはありました。
神永 読みやすさということでいうと、『深淵のテレパス』では恐怖を表現するのに臭いを利用していますよね。小説で臭いをイメージさせるって難しいと思うんですよ。でも上條さんは、誰でも知っている溝川(どぶがわ)の臭いというものに引きつけることで、「あの感じね」と伝わりやすいものになっている。
上條 ありがとうございます。「ばしゃり」という水音についてはよく触れていただくんですが、臭いについて指摘していただいたのは初めてで、とても嬉しいです。視覚的な表現はすでにやり尽くされていますし、映像には敵(かな)わないという思いもありました。それで視覚に限らず五感を総動員して、総合的に状況をイメージしてもらえたら、登場人物の感じている怖さが伝わりやすくなるんじゃないかと考えたんです。視覚や聴覚はバリエーションが豊かだからこそ、イメージが拡散してしまうきらいがある。でも臭いって意外と狭いので、こちらのイメージが一発で伝わるんじゃないかという計算もありました。
神永 上條さんの作品を読んでいて、これはぜひ真似しようと思った部分があるんです。今までのセオリーだと、物語のテンポを上げるために、冒頭の怪異のシーンは数ページで収めるじゃないですか。僕も「心霊探偵八雲」でそういう書き方をしていた。でも上條さんは主人公が登場するまでの場面を、しっかり描き込んでいるんですよね。『深淵のテレパス』だと女性の会社員がどういう人で、どんなふうに働いているか、『ポルターガイストの囚人』だと2.5次元俳優の彼がどんな悩みを抱えているか。そこを丁寧に描写しているから、怪異が起こった時のインパクトが大きいし、怖さも引き立つ。怪異のシーンをきちんと書かないといけないなと反省しました。
上條 やりすぎると流れが悪くなってしまうので、バランスに悩むところですね。物語のテンポといえば、神永さんの作品はどれもあっという間に読めてしまいます。それは今の読書環境において、とても大事なことだなと思うんですよ。エンタメ全般がどんどん短尺化していく中で、読書ってやや手をつけにくいものになりつつある。でも「読了」という言葉がSNSでよく使われるように、能動的に読み終えたからこそ得られる達成感もあって、登山に近いものなのかなと思うんです。読者をどれだけ心地よく読了まで導けるかを考えるのが、今の作家にとっては重要になってきていると思いますが、神永さんはかなり意識的にそういう書き方をされているという印象を受けます。
神永 僕は自分が読書の入り口になれればと思っているんですよ。今の出版業界を見渡してみると、重厚なものほど素晴らしいという風潮があるような気がするんですよね。でも本にはいろいろなタイプがあっていいし、僕みたいな作家がいてもよかろうと思っているんですよ。どんな色にせよ、作家って自分だけの色がないと売れないし、残っていけないですからね。
上條 さっきのキャラクターの話と一緒ですね。
神永 そうです。僕は日本映画学校出身で、映像がスタートラインなので、小説を書く時もシナリオ作りをイメージしているんです。だから無駄に長くしない。どうやってお客さんを楽しませるかを常に意識する。映画のシナリオや舞台の脚本に携わると、そういう「外向き」の意識が身につくと思います。上條さんも以前演劇をやっていたと知って、絶妙なバランス感覚の秘密が分かった気がしました。
上條 そんな過去のプロフィールまで調べてくださって恐縮です(笑)。演劇や映像に携わると、予算という現実的な縛りを意識せざるをえなくなりますよね。必要のないシーンをいかに削っていくかという引き算的な思考になっていく。本当に必要なシーンだけを並べて、最短ルートでゴールを目指すという書き方は、おっしゃるとおり今でも変わりません。
神永 やっぱりそうでしたか。『深淵のテレパス』もそのうち映像化されると思いますが、制作費はそんなにかからないですよね(笑)。
上條 街中で追いかけっこするシーンがちょっと大変そうですが、他は面倒なシーンは少ないかもしれませんね。

「全部出し切れ」神永 学×上條一輝「浮雲心霊奇譚」完結記念対談_3