ラジオを始めたきっかけ
――お二人のラジオ歴から教えてください。
朝井リョウ(以下、朝井) ラジオを聴くようになったのは上京してからです。何を最初に聴いたのか思い出せないのですが、周波数を合わせるタイプのラジオではなく、iPadやiPodに入れた音源を聴いていました。
加藤千恵(以下、加藤) 中学時代に深夜ラジオを聴いたりしなかったの?
朝井 地元(岐阜県)にいたときは文化に触れることが一切なかったので、基本、上京してからだったはず。ただどう聴き始めたとか、細かいことは覚えていなくて、いずれにしても大学時代からです。
加藤 学校で『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)派とか『JUNK』(TBSラジオ)派に分かれたとかもない?
朝井 うん、誰も何も聴いてなかった。
加藤 私は1983年生まれで地元が北海道なんですが、中学時代にクラスでローカルラジオが流行った時期があったんです。夜9時からの音楽番組をみんなが聴いていて、『船守さちこのスーパーランキング』(STVラジオ)派と『ベストテンほっかいどう』(HBCラジオ)派に分かれていた。
朝井 大きな分断が教室に横たわって。
加藤 私は『スーパーランキング』派で、番組に曲のリクエストを送って下敷きをもらったこともあります。小学校のときに『ボキャブラ天国』(フジテレビ)をテレビで観て、爆笑問題とかお笑いが好きになったんです。それで今も続いている『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)は中学のころから好きで聴いていました。朝井くんと共通しているのは、始まった当初から『オードリーのオールナイトニッポン』を聴いていることですね。
朝井 加藤さんとラジオをやることになったきっかけは、コネです。
加藤 ニッポン放送のプロデューサー・冨山さんが前職のNHKにいるときから、お仕事をしていました。冨山さんが転職した後、miwaさんがオールナイトニッポンで私の小説を紹介してくれたことがきっかけで、食事会をやることになりました。そのときに「加藤さん、オールナイト(ニッポン)をやりませんか」と言ってもらったので、誰か誘わなきゃと思って「私の友人に猛烈にしゃべりたがっている人がいる」と提案したんです。一人でラジオをやるのは無理だと思ったからです。
朝井 最初は作家の西加奈子さんの名前も挙がったけれど、西さんはものすごく早く寝る人だから難しい。それで私と加藤さんが残ったんじゃなかったっけ?
加藤 あとオードリーの若林正恭さんが「小説家がしゃべると面白いよ」という話を、ディレクターさんやスタッフの人に話してくれていたという話も、ちょっと耳にしました。
朝井 そうそう。そんな感じだったので、当時、ニッポン放送はパーソナリティのオーディションをやっていたのに、我々はいきなり『オールナイトニッポン0(ZERO)』に決まったんです。2015年の4月から1年間、突然スタート。
加藤 お試しとかもなく、コネで始まってしまった。
朝井 当時は「オールナイトニッポンだったらどの曜日でも聴く」というリスナーが今よりも多くて、そこに飛び込んでいく感じでした。今は曜日ごと、番組ごとにリスナーがいる印象がありますが、当時は深夜ラジオという文化自体にファンがついていて、その方々に受け入れられるかどうか、という緊張感がありました。












