「守るべき軍事拠点」から「普通のロシア領」へ

ロシアによる北方領土の実効支配は、二つの車輪で進んできた。一つは、ヴェルホフスキー氏らが担った生活・産業基盤の整備。もう一つは軍事的な要塞化だ。

ロシア軍は択捉島と国後島に地対艦ミサイルを配備し、部隊施設を更新。択捉島の軍用飛行場には戦闘機を展開してきた。北方領土をオホーツク海への出入り口と位置付け、米軍や自衛隊の接近を阻む防衛線として重視する。

択捉島で展示された地対艦ミサイルのバスチオン(写真/shutterstock)
択捉島で展示された地対艦ミサイルのバスチオン(写真/shutterstock)

オホーツク海は、核ミサイルを搭載したロシアの戦略原潜が活動する海域だ。原潜を米軍の追跡から守り、核報復能力を維持する上で、千島列島の海峡は重要な意味を持つ。ウクライナ侵攻後、米国との軍事的対立が深まる中、その戦略的価値はさらに高まった。

今回の訪問に先立ち、プーチン氏は太平洋艦隊の演習を視察した。ミサイル巡洋艦「ワリャク」から訓練を見守り、ロシア東部国境の安全保障を協議した後、択捉島へ向かった。軍事演習と領土訪問を一続きの日程に組み込んだこと自体、日本に対する威圧の意味を帯びた。

一方、択捉島では水産加工場、病院、学校を回った。軍艦とミサイルだけでなく、工場と暮らしも見せる。ロシアは島を「守るべき軍事拠点」としてだけでなく、住民が働き、子どもを育てる「普通のロシア領」として定着させようとしている。

旧ソ連軍の建設技術者として島に渡り、ソ連崩壊後は民間企業を興したヴェルホフスキー氏。その人生は、軍事的占領から住民の生活を伴う経済的支配へというロシアの戦後統治戦略を体現している。

面目をつぶされた日本の省庁

択捉島を歩くプーチン氏の姿に、面目をつぶされた日本の省庁がある。経済産業省だ。

経産省(写真/shutterstock)
経産省(写真/shutterstock)

経産省は今年5月、外務省職員のほか、三井物産や商船三井などロシアに権益を持つ日本企業の幹部を伴う官民訪問団をモスクワに送った。ロシア経済発展省や産業貿易省、経済団体の関係者らと会談した。ウクライナ侵攻後、日本政府と大手企業による本格的な訪ロは初めてだった。

経産省は目的について、「ロシアで事業を続ける日本企業の資産や権益を守るため」だと説明。停戦後を見据えた経済・エネルギー協力ではないと繰り返し強調した。

だが、政府内では別の見方が広がっていた。安倍晋三元首相の首席秘書官を務めた経産省出身の今井尚哉氏が内閣官房参与に入り、ロシア側とのパイプを誇示する中で具体化した訪問だったからだ。

しかしロシア側の受け止めは冷淡だった。

今井氏ら日本側の動きを「日本から尻尾を振ってきた」

ロシア当局者は筆者に、今井氏ら日本側の動きを「日本から尻尾を振ってきた」と表現。日本側の経済訪問団として受け入れることをそれほど歓迎せず、場合によっては、「はしごを外す可能性もある」と打ち明けた。

日本が接触再開を外交上の成果に見せようとしても、ロシア側は自らが関係改善を求めたとの印象を避け、日本が譲歩して近づいてきたとの構図にする。両国の立場は初めから対等ではなかった。

訪問団派遣から約2カ月半後、プーチン氏は日本が返還を求める択捉島に初めて足を踏み入れた。日本企業との関係維持を模索する経産省の働きかけを意に介さず、領土問題では一切配慮しない姿勢を行動で示したのだ。

ロシア側は訪問団をどう見ていたのか。8月14日、ラブロフ外相はロシア国営テレビのインタビューで明かした。

「日本の実業家代表団が訪ロしたという情報がありました。彼らは、日本政府首脳部からプロジェクト協議をしないよう厳格な指示を受けている」とあっさりとはしごを外した。

ロシアのラブロフ外相(写真/shutterstock)
ロシアのラブロフ外相(写真/shutterstock)
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ロシアは、日本が対ロ制裁を維持したまま代表団を送ったことを、単なる外交的なアリバイ作りと判断していたのだ。

文/東銀座コンフィデンシャル

後編〈「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」〉プーチン初の択捉島上陸、ロシアが今さら安倍氏を称賛する“本当の狙い” に続く