択捉島がロシア社会に完全に組み込まれているという演出

だが、舞台は日本が返還を求める北方領土である。ロシア大統領が、実効支配を経済面から支えてきた有力実業家の説明を受ける構図には、強い政治的意味が込められていた。

プーチン氏は工場に続いて病院や学校も訪れ、住民らと交流した。産業、医療、教育という島の日常を順番に見せる日程は、択捉島がロシア社会に完全に組み込まれていると印象付ける演出だった。

写真はイメージです(写真/shutterstock)
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さて、ヴェルホフスキー氏は1956年、旧レニングラード、現在のサンクトペテルブルクに生まれた。旧ソ連軍の高等軍事建設学校を卒業し、軍の建設技術者として勤務。80年代半ば、軍人としてクリール諸島に派遣されたことが、島との関わりの始まりだった。

ソ連崩壊と同じ91年、軍を離れ、仲間とギドロストロイを設立した。社名は「水力建設」を意味するが、同社はやがて水産業を中核とする巨大企業に成長した。

択捉島や色丹島、サハリン州などに水産加工場を建設し、漁船団を拡大。漁獲から加工、冷凍、輸送、販売までを自前で担う体制を築いた。

事業は建設、運輸、金融などにも広がった。択捉島の道路や住宅、病院、保育施設などの整備に深く関与し、約60億ルーブルが投じられた新空港「ヤースヌイ」の建設にも携わった。島はギドロストロイの実質的な城下町になった。

一大企業帝国を築き上げた「帝王」

ヴェルホフスキー氏はサハリン州選出の上院議員も務め、政界にも足場を築いた。米経済誌フォーブスのロシア版は2021年、資産を約6億ドルと推計し、ロシア富豪番付の185位に挙げた。

豊かな水産資源に恵まれる一方、人口が少なく、冬は海が荒れる辺境の島に、一大企業帝国を築き上げた。

その成長は、実業家個人の手腕だけでは説明できない。ロシア政府は90年代半ば以降、クリール諸島の社会・経済開発を国家事業として進め、道路や港湾、空港などに巨額の予算を投じた。ギドロストロイは水産会社であると同時に、連邦政府の事業を担う有力建設業者でもあった。

領土を維持したい国家が予算を投じ、企業が工場やインフラを整備する。企業は雇用と税収を生み、住民の定着を促す。島の人口と経済が維持されれば、国家による支配はさらに強固になる。国家と企業が互いを必要とする共生関係が、択捉島で形成されてきた。