「子どもを傷つける意図があるか、または結果として子どもを傷つけているかどうか」
では、「壁ぺったん」が問題になるのはどのようなケースなのだろうか?
「同じ『壁ぺったん』であっても、罰として他の子どもの前でさらされる形で行なわれたり、子どもに恐怖や恥の感情を生じさせたりしている場合は話が変わります。
保育者の意図がどうあれ、子どもにマイナスの感情的影響が及んでいるならば、それは不適切な関わりと判断されます」
一方で、髙橋氏は「行為を切り取る議論」自体への懸念を示す。
「『壁ぺったん』に限らず、人数確認の際に子どもの頭を軽くトントンと触りながら数えるといった慣習的な行為も、近年は不適切保育だとする見方が一部にあります。しかし私はこの潮流に対して、慎重であるべきだと考えています。
保育の現場において『わかりやすさ』は、子どもの主体性と安心感を育む上でとても重要な要素です。
子どもたちは明確な合図や身体的なアンカー(行動の目印)があることで、見通しを持ち、安心して行動できます。
その専門的な配慮を、行為の外形だけを見て一律に問題視することは、保育の質を守るためにならないと感じています」
では、判断の基準はどこに置くべきなのか。髙橋氏は、「子ども自身がどう受け取っているか」を基準にするべきだと指摘する。
「子どもが嫌がっている、不快に感じている、怖いと思っている——そうであれば、それはする必要のない行為です。逆に言えば、子どもが安心してわかりやすく受け取れているならば、それは愛情ある保育の一部です。
『壁ぺったん』の是非は、行為そのものではなく、『その場面における保育者の意図と、子どもへの実際の影響』によって判断されるべきです。
子どもを傷つける意図があるか、または結果として子どもを傷つけているかどうか。この視点こそが、不適切保育を判断する本質的な軸だと考えます」
最後に、保育現場を守るために髙橋氏はこう呼びかけた。
「保育者は日々、愛情と専門性を持って子どもたちと向き合っています。その現場の営みを守るためにも、行為の切り取りではなく、文脈と影響に基づいた冷静な議論が広まることを願っております」
保育士の人手不足が続くなか、現場では子どもの安全や権利を守りながら日々の保育が行われている。保育実践の是非をめぐっては、現場の実態を踏まえた冷静な議論が求められている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班













