ドキュメンタリーのようなリアル
「僕の帰る場所」からミャンマーの問題を掘り下げていく中でぶちあたったのが、ロヒンギャのテーマ、いわば必然でもあったといえよう。
本作の主人公のシャフィとソミーラは、ブローカーの手配した漁船に押し込められて海を渡り、上陸後は、人身売買の魔手を逃れ、密林の中で飢えと戦いながら、ひたすら目的地を目指す。
これらのトピックは監督による綿密な取材に基づいている。実際にロヒンギャの子供をさらう組織はインドのコルカタに存在しており、私もバングラデシュのキャンプで逮捕された現場を目の当たりにしている。
本作は劇映画ではあるが、かようにドキュメンタリーのようなリアルを醸し出している。それは道行きの二人がロヒンギャの実の姉弟であり、演技以前にその属性と存在感が大きく影響しているように思える。
––––あの二人は、5歳と9歳。ミャンマー国外で生まれたロヒンギャ難民二世と聞きました。姉弟は自分たち民族が実際にどのような迫害状況に置かれているのか、実際どの程度、理解をしているのでしょうか。
「お姉さんのほうは、撮影当時 9 歳で、彼女が通っているプライベートスクールで同胞の子供からいろいろ実態を聞いていたのですね。『自分は(映画のように)先週、船に乗ってここにやって来たんだ』という子もいるんです。今、自分たちが置かれている状況というのはあのお姉さんに関しては理解していたはずです。弟はまだそこまでは考えていないかもしれません」
––––被差別の属性にある当事者、それも役者ではない素人がドキュメンタリーのように演じるという手法はボスニアの監督、デニス・タノビッチの「鉄くず拾いの物語」が知られています。あれはロマの女性が保険証がなくて手術を受けられないという新聞記事を読んだタノビッチ監督が、この問題は告発しないといけないと、ロマの当事者たちを役者に据えて撮影したものです。主人公の夫のナジフ・ムジチはベルリン映画祭で主演男優賞を受賞しましたが、演出方法として「鉄くず…」は意識されたのでしょうか。
「そうですね。その『鉄くず拾いの物語』とこの『ロストランド』は何が大きく違うかというと、当事者が経験したことをそのままやっていないっていうことですね。
ソミーラとシャフィは海外生まれの二世ですので、国外に逃れてきたときのことは、親からなんとなく聞いてはいますが、実際にロヒンギャとして脱出した経験はありません。自分のリアルを再現するのではなく、自分に起き得たであろう事実をイメージして演じています。
パラレルワールドで自身を演じていくという距離感が微妙に『鉄くず拾い』と違っていると思います」














