TOEIC満点でも英語が話せない人がいる理由

――本書の「はじめに」にあり、帯文でも引用されている「TOEIC満点でも本当の英語は話せない」はかなり挑発的な言葉です。

「いえいえ、本当だから書いたんです(笑)。TOEIC990点でもネイティブと話せない人は私のまわりにもたくさんいます。なぜかといえば、TOEICには話すテストがないから。読解とリスニングなので、テクニックで取れる部分があるんです。

本にも書きましたが、言語化、文章化された文法というのは、我々がふだん無意識に使っている無数の文法のほんの一部なんですね。文法偏重では喋れないということを、一度ちゃんと言いたかったんです。たとえば、『あなたが今行ってる学校はどこですか?』と英語で話す時に、アメリカ人なら『Where do you go to school?』でいいんです。なぜ『 Which school do you attend?』とは言わないのか。日本の文法だったら、これで文法的には正しいのですが、アメリカ人にそう言うと、『え?』と、なるわけです。アメリカ人に『なぜこの表現ではダメなんですか? 』と聞いてもたぶん答えられません」

――普段使ってないから、ですか。

「そうなんです。日本語でも同じようなことありますよね。たとえば誰かを待ち合わせして相手が向こうからやってきた時に、『来た来た来た』って言うじゃないですか。アメリカ人で日本語を学んでいる人なら、『現在進行形なのに、なぜ過去形を使うんですか?』って思います。でも、我々もなぜ『来た』と過去形なのか説明できないでしょう」

――確かに。

「それが生きた文法なんです。文法の本や参考書も掲載されている文法はあくまで氷山の一角。だから、その文法を知れば話せるようになる、は幻想なんです」

――「英語は簡単じゃない」ともかなり繰り返し述べていました。

「これは意図的に書きました。よく英語は『中学英語で十分。やさしい言語』とか言われるじゃないですか。でも本当は違うんです。今回の本でも紹介した“unpack”なんていう簡単な単語も、“荷ほどきする”という意味以外に、最近では『There’s a lot to unpack here.(直訳:ここには荷ほどきするものがたくさんありますよ)』から転じて、『(論点を)深掘りする』という意味でよく使われています。簡単な単語ほど意味も多くて深いんです。

日本語より英語のほうが難しいと思わされる面もたくさんあります。たとえば、『吾輩は猫である』を英語に訳せば『I am a cat.』となるわけですが、“I”には日本語だと、“吾輩”以外にも、“俺”“私”“僕”などニュアンスが異なる意味がありますよね。この中で“吾輩”というニュアンスで英訳するためには、その前後の英語の文体や語彙のレベルから整えておく必要があるわけです。英語はものすごく奥が深い。だからこそ面白い! そのために、私は英語を簡単だと思うより、難しいと覚悟したほうがより学べる、と伝えたいのです」

「TOEIC 満点で喋れない人は私のまわりにいくらでもいます。逆にネイティブ帰国子女が受けても満点は取れなかった。でも彼は英語話せるわけですから」
「TOEIC 満点で喋れない人は私のまわりにいくらでもいます。逆にネイティブ帰国子女が受けても満点は取れなかった。でも彼は英語話せるわけですから」