18歳で迎えた終戦、TBS入社、そして山田洋次監督との“計191歳タッグ”

昭和、平成、令和と時代をまたいで家族を描き続けてきた石井さん。では、自身が思い描いてきた理想の家族像に最も近いのは、どの時代なのか。その原風景について尋ねると、

「戦争前の昭和の家族像ですかね。戦争でずいぶん変わりましたよね、いろいろ…」

と、言葉少なに語った。

戦時中、石井さんは爆撃を避けるため、両親のいる東京を離れ、山形の知人宅へと疎開していた。当時の記憶について、こう振り返る。

「いつ爆弾が落っこちてくるか分からない。外に出ても気が休まる瞬間がないんです。いつも心の中で『怖いな』『防空壕入らなきゃいけないかな』と思っていたの。だから戦争は本当に嫌い。18歳で終戦を迎えて東京に戻ってきたときはとても懐かしい気持ちに駆られました」

終戦後、ラジオ東京(後のTBS)に入社し、脚本家の橋田壽賀子さんとの出会いをはじめ、数々の縁を重ねながら、プロデューサーとして走り続けてきた石井さん。

「戦争はもちろんですが、基本的に争いごとが嫌なのよ。仕事でも友人関係でも、日々の生活でも。すべてにおいて穏やかで、平和な日々が一番幸せだと思っています」

100歳を前にして今なお現場に立ち続ける石井さん。昨年は山田洋次監督(94)とタッグを組み、ドラマ『わが家は楽し』を制作。“計191歳コンビ”として大きな話題を呼んだ。

「制作中は、私が山田さんに『ここはもう少し違うほうがいいんじゃない?』って何度もダメ出しをしたんです。そしたら山田さんから『石井さんに言われるから直すけど、こんなにダメ出しされること最近はないよ』って苦笑いされて(笑)。

それでも来年もまた一緒にドラマを作る予定です。山田さんも私も、お互い『この人となら、またテレビドラマをやりたい』と思えているんですよ。これからもいい刺激を与え合いながら、一緒に作品づくりを続けていきたいですね」

昨年、ドラマ『わが家は楽し』で“計191歳コンビ”と話題になった石井ふく子さん(左)と山田洋次監督(右)
昨年、ドラマ『わが家は楽し』で“計191歳コンビ”と話題になった石井ふく子さん(左)と山田洋次監督(右)