「今でも電話をかけたくなる」盟友・橋田壽賀子さんとの別れ
石井さんのキャリアを語るうえで、欠かすことのできない人物がいる。脚本家の橋田壽賀子さんだ。30代半ばで出会った2人は1964年の『袋を渡せば』で初めてタッグを組んで以降、『渡る世間は鬼ばかり』をはじめ、約60年にわたって数々の名作を世に送り出してきた。
「彼女とはいつも電話をかけ合う仲でした。電話がかかってこないと『どうしたのよ?』って、今度は私のほうからかけたりして。話す内容のほとんどは仕事のことでしたね。『こういうドラマどう思う?』と聞かれれば、『この部分はこうしたほうがいいんじゃない?』と、お互いに率直に意見を言い合っていました」
そんな盟友・橋田壽賀子さんは5年前にこの世を去った。長年連れ添ったパートナーとの別れについて、石井さんは静かに言葉を選ぶ。
「やっぱり辛いですよ。いつもの時間になると、今でも電話をかけたくなるんです」
橋田さんは後年、後進の育成を目的とした「橋田文化財団」の設立を望んでいたという。しかし、資金面での不安を抱えていたため、石井さんはある提案をした。
「『TBSで1年通しのドラマを書いてくれるなら、足りない分はなんとかする』と伝えたんです。それで連続ドラマをやって資金をつくり、財団が設立されました。亡くなる前にも『あなた、橋田文化財団を大事にしてね』と言われて、『当たり前でしょ』って言いました」
長い人生の中で、多くの出会いと別れを経験してきた石井さん。大切な人との別れにどう向き合ってきたのか問うと、こんな言葉が返ってきた。
「大切な人との別れは、思い出すとずっと辛いものです。だからこそ、その人との良い思い出や、楽しかったことをできるだけ思い出すようにしています」
別れの痛みを抱えながらも、過ごしてきた時間の尊さを大切にし続ける。その姿勢こそが、石井さんの人生と作品に通じる“温もり”の源なのだろう。
後編「なぜ“家族の物語”を描き続けるのか―原点となる幼少期と戦争体験―」へつづく
取材・文/木下未希 集英社オンライン編集部特集班
※「集英社オンライン」では、今回の記事についての情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。
メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com
X(旧Twitter)
@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部
















