芸能活動を始めたときの両親の反応は…
──ご自身の家系について、子どもの頃に家族から説明を受けることはあったんですか?
家族から説明されるというより、それが当たり前の世界だったんですよね。
幼い頃も、私立ではなく国立の学校に通っていたので、いわゆる「お嬢様学校」みたいな環境でもなかったんです。すごく自然な、わんぱくな子たちが集まるような学校だったので、自分のことを特別だと思う感覚があまりなくて。
ただ、祖父(團伊玖磨)の名前が教科書に載っていたり、音楽室に肖像画が飾られていたりするのを見て、「あ、普通の家ではないのかも」と思うことはありました。祖父が亡くなったときに、NHKのニュースで取り上げられていたのは衝撃でした。
──芸能活動を始めたとき、ご家族の反応はどうだったんですか?
母は最初から応援してくれました。母はずっと専業主婦だったんですけど、昔からずっと「女の子でも絶対に職を持ちなさい」と言っていたので、私が学生の頃から仕事をすることに対しても反対しませんでした。
ただ、父にはすごく言いづらかったですね。わりと亭主関白な家だったので、やっぱり怖い存在で……。大学生のときに『ZIP!』のレポーターとして出演してたんですけど、そこで初めて、私が芸能活動をしてることを知ったみたいです。
──お父様には伝えてなかったんですか。
そうなんです。父は普段ほとんどNHKしか見ないので、周りの知人から「娘さん、テレビ出てたよ」と言われて初めて知ったそうです。あとで「相談してくれなかったのは寂しかったんだけどね」と言われました。やっぱりちゃんと報告してほしかったんだと思います。
うちでは「代々同じ職についてはいけない」という家訓みたいなものがあって「同じ職業を継ぐのではなく、それぞれ違う職業でトップを目指しなさい」と幼い頃から伝えられてきました。
芸能の世界に飛び込むのも勇気が必要だったけど、むしろ父と同じ建築の仕事に進めと言われた方が、きっと100倍プレッシャーだったと思います。私は今、自分のブランドのデザインもしてるんですけど、「ものづくり」が好きという意味では、家族みんな共通していると思います。
──ご自身が活動を続けて行く上で、ご家族の影響も大きいんですね。
大きいと思います。うちの家族って、あまり他人と比較しないんです。「他の家ではこうなのに、なんでできないの」みたいなことを言われたことがなくて。父も母も、他人が何をしているかをそんなに気にしない人なんですよね。私も、自分を人と比較したことがほとんどないんです。
──比較や競争が当たり前の芸能界では、珍しい感覚かもしれません。
最初は、その「当たり前」に戸惑いました。芸能の仕事を始めた頃は、自分を前に出さなきゃいけないんだってことを知らなくて。
食事の場でも、「大人が話すものだから、私は聞いていればいい」と思っていたんです。そしたら事務所の方に「もっとしゃべった方がいい」「このままだと印象に残らないよ」と言われて。そのときに初めて、自分から話題を出したり、自分のことを伝えたりすることも仕事なんだって気づきました。













