「ドル安であるにもかかわらず円安が進行する」歪んだ通貨環境
本来、日本にとって中国は単なる外交相手ではない。サプライチェーンの中核であり、巨大な消費市場であり、なおかつ成長余地を残した隣国である。その関係が戦略なきまま細っていくとすれば、それはリスク回避ではなく、機会の放棄に他ならない。
しかもそれは、「ドル安であるにもかかわらず円安が進行する」という歪んだ通貨環境の中で進んでいる。通常であればドル安は円高要因となるはずだが、それすら打ち消す構造的な円弱が、日本経済の基盤そのものを揺らしている。
ここで一度、視点を市場そのものに戻しておきたい。今回のイラン戦争においても、仮に事態が一旦落ち着けば、株価は急反発し、原油価格も下がるだろう。そして多くの人は「やはり大したことはなかった」と感じる。だが、これこそが最も危うい錯覚である。
市場は常に未来を先取りし、最悪期を織り込んだ瞬間に反転する。しかし、その反転はあくまで期待の回復であって、実体の回復ではない。
負担は、時間差を伴って表面化する
むしろ本当の問題は、その後に訪れる。地政学ショックによって生じたエネルギーコストの上昇、物流の歪み、企業の収益圧迫は、時間差を伴って経済の内部に染み込んでいく。そして約1年後、それは「歪み」として一気に顕在化する。
過去を振り返れば、この構図は何度も繰り返されてきた。相場は先に戻り、現実は遅れて崩れる。この順番こそが本質である。
そこに、日本固有の問題である通貨安が重なると、状況はさらに深刻になる。円安が維持されたままでは、仮に原油が下がっても、輸入コスト全体は高止まりする。
エネルギー、食料、あらゆる生活コストはじわじわと上昇し続け、企業は価格転嫁に苦しみ、家計は削られていく。そしてその負担は、時間差を伴って表面化する。
よく考えてほしい。約8年間で円は約4割もその価値を棄損している。分かりやすく言えば、8年前に100万円の価値があったものが、現在は60万円程度の購買力にまで落ちているということだ。
これは単なる為替の話ではない。生活水準そのものが静かに切り下がっているという現実である。しかもこの変化は連続的に進んできたため、多くの人がその深刻さに気づいていない。
そして市場は、この事実を評価しない。株価は上がる。だがそれは通貨の価値が保たれていることを意味しない。むしろ通貨安の中での株高は、資産を持つ者だけが防御できる構造を強め、持たざる者の実質的な貧困を拡大させる。













