「役に立つ」教義は信じる

では、オウムの教えを今も信じているのか。オウムでは、「救済」の名のもとに殺人すら正当化していた。歩さんは、オウムの教義について、どう考えているのだろうか。

「今もオウム真理教の教義の中で、信じられるものを信じています。宗教は生きていくなかで自分の心を豊かに、自分の人生を幸せにするもの、道具であると思うわけですよ。だからこそまさに、その道具を使って心穏やかに、自分を幸せにするみたいな感じですよね。悪いと思われることから心を守るというか、幸せを守るみたいな感じですかね」

歩さんが所有するオウムの機関誌「仏典研究」と「マハーヤーナ」。(画像提供/NHK)
歩さんが所有するオウムの機関誌「仏典研究」と「マハーヤーナ」。(画像提供/NHK)
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その具体例として歩さんが挙げたのが、「生き物を殺してはいけない」「盗みを働いてはいけない」といったものだった。仏教の教えにも共通する、ごく当たり前のことをオウムの教えの中から学んだというのだ。

殺人が魂の救済=ポアとされたことについては、歩さんは一部の信者たちの〝拡大解釈〟で、本来のポアは、殺人を肯定するものではないと受け止めていた。「教義として書かれているのは、よりよい死を迎えましょうということだけです。サリン事件に関しては、オウムがホントにやったのであれば、死なせたうえで、死後の世界でいいところに無理やり連れて行くという拡大解釈をして、走ったのではないかとは思いますね」

歩さんにとって、オウム真理教は、仏教にも共通する当たり前のことを教義に含んでいる。社会がオウムのことを、表面的な「テロ集団」という理解を超えて、それなりに深く知れば、「普通の宗教」として信じられる可能性もあったというのだ。だからこそ歩さんは、オウムに対して、加奈さんほどの嫌悪や拒絶がないのだろう。

一方で、そうした教えと矛盾するような凶悪事件とオウムの関わりについては、歩さんは考えることはしない。オウムの教義の中から「役に立ついい部分」を選んで信じるが、地下鉄サリン事件などオウムが関わった凶悪事件からは目を背け続けている。歩さんはそれを「つまみ食い」と言った。それが、歩さんが自分の心を守るためにとった方法だったのだろう。


取材・文/NHK「クローズアップ現代」取材班

オウム真理教の子どもたち 知られざる30年
NHK「クローズアップ現代」取材班
オウム真理教の子どもたち 知られざる30年
2026年3月5日発売
1,980円(税込)
四六判/256ページ
ISBN: 978-4-7976-7475-0

オウム真理教による地下鉄サリン事件から30年。「オウムの子」はどこでどう大人になったのか? カルトの影響から抜け出すことはできたのか? 安倍晋三元総理大臣の銃撃事件で注目された、旧・統一教会をはじめとする「宗教2世」問題の原点。

1995年3月20日にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の後、山梨県の旧・上九一色村にあった教団施設から、信者の子どもたち53人が保護された。
親から引き離され、悪臭が漂う第10サティアンで集団生活をしていた子どもたちは、あれからどのような人生を歩んだのか。現在の日常生活にも、カルトの教義や修行の記憶が影を落としているのか――。
子どもが一時保護された山梨県の児童相談所の記録約2800点を入手し、そして大人になった当事者たちに会いに行くと、知られざる「オウムの子」の苦難の30年が浮かび上がってきた。
大きな反響を呼んだNHKクローズアップ現代の番組「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年」を、放送しきれなかった当事者たちのエピソードや、膨大な資料から明らかになった新事実を加えて書籍化。
江川紹子氏&鈴木エイト氏、推薦!

●これまで表に出ることのなかった「オウムの子」の人生に初めて迫る(※すべて仮名)
「親が困るんじゃないかと思って、腕を切っていました。オウムにいたせいで普通じゃなかったということを、親にわかってほしかった」(加奈さん)
「家族にもウソの幼少期しか話してない。いつほころびが出るかなという恐怖を抱きながら、生きている」(健一さん)
「今もオウム真理教の教義の中で、信じられるものを信じています」(歩さん)
「現世に戻ったのであれば、そこでちゃんと結婚して、人間として真っ当な道を進むべきなんでしょうけど、そういう夢もないし、正直わからないです。家庭のイメージが……」(太郎さん)

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