サリン事件のことは「考えない」
一緒に暮らすことになった母親は、事件後も教団に在籍し続け、道場にも通っていた。歩さんも年に一回程度、母について道場に行った。特に修行するわけでもなく、信者らとおしゃべりをして帰るだけだったが、教団を抜けたことはない。
「母が教団と縁が切れるのだけはやめてほしいと言うんです。母方に引き取られて育てられたわけなんで、育ててくれた人でもあるので、母の意思を尊重してあげようと思いました」
中学生の頃には、地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪にオウムが関わっていると知っていた。テレビのニュースで見たと記憶している。教祖の麻原彰晃の公判も始まり、教団の凶悪犯罪の全容が、次々に明るみに出た。それでも、歩さんが動じることはなかった。教団との関係を断とうと思ったことはない。
「『へぇ、そうなんだ』くらいにしか思っていないんですよ。ある種、何も考えていない。自分には関係ない話だと思っていました。自己防衛策としての意味合いもあると思うんですよ。だから、考えない。いろいろ考えて、抱え込んじゃうと、つらい目に遭っちゃうと思うので。
オウムにいたことで悩むような時間はなくて、今まで教わった教義とか、そんなことを思い出す余裕もない。おかげで現世になじむにはすごく早かった。自分の今生きている場所のほうが大事なわけじゃないですか。(サリン)事件があったくらい、話は聞きましたがね。心を痛めるとかそういうことはなくて、『へぇ』で終わりましたよ」
考えることをやめた歩さんは、いまだにオウムが事件を本当に起こしたのか、受け入れることができない。
「社会において実行犯の逮捕・死刑、それから教団のトップである人の逮捕・死刑っていうふうな世間でのカタはついたわけじゃないですか。ただ、ちゃんと腑には落ちてはいないんですよ。マスコミとしては全体をとらえようとしてはいるんだけど、どうしても全部がわかるわけではないじゃないですか。報道もね、やっぱり切ったり貼ったりがあるわけじゃないですか。取捨選択して報道するわけだから……」
では、誰が事件を起こしたと考えているのだろうか。
「誰がやったとも思っていません。(オウム真理教が)関わっている可能性はあるでしょう、関わっていない可能性もあるでしょう。いずれにしても、どちらでもいい。考える必要がないというか、今のこの結論に至りました」
繰り返し尋ねてみても、歩さんの答えは変わらなかった。
やはり、教団の信者であり続けた母親の影響なのだろうか。ただ、歩さんは、母親の求めに応じて、教団に在籍し続けてはいるものの、熱心に修行しているわけではない。また日常生活を送るなかで、オウムについて考えることもない。歩さんが言うように、「自己防衛策」で考えることをやめただけなのかもしれない。













