見習い放送作家として飛び込んだ「電気ANN」の熱量
──そんな中、「電気グルーヴのオールナイトニッポン」がメジャーデビュー直後の1991年からスタートします。当時のラジオは、今よりも特別な存在だったと思うのですが。
やっぱり僕らの世代は、「ビートたけしのオールナイトニッポン」の影響がスゴかったですから。「たけしのラジオを聞いてるか、聞いてないか」で人を二分してました(笑)。近年、オールナイトニッポンはまた盛り上がっていると聞きますが、当時はまさにラジオが花形でしたね。
──椎名さんはその「電気ANN」に、見習い放送作家として参加する訳ですが、その頃のラジオ業界の厳しい縦社会ぶり、閉塞感についても、この本では書かれていますね。
ええ、大変でした。ただ、ある程度“ヤンキー魂”が必要な世界なのかなと思います。そもそも、自分も単なる小僧だったし、わがままだったと思います。
今はニッポン放送も、かなり雰囲気が変わっているみたいで。数年前のオールナイトニッポン55周年企画で「電気ANN」が一夜だけ復活したときに、すごく現場の雰囲気作りに気を配ってる女性のスタッフがいて「誰だろう?」と思ったら、それがニッポン放送の現社長である、檜原麻希さんだったということがあります(笑)。
──「電気ANN」で、とくに記憶に残っている回はありますか。
具体的な企画じゃないんですけど、石野さんと瀧さんの会話が、とにかくどんどんヒートアップした回があったんです。ものすごく面白くて、内臓がちぎれそうになるくらい笑って、CMに入ってもその場にいる全員が笑い続けて……そういう、すごく会話が盛り上がった瞬間があったのを覚えてます。
「すごく笑った」っていう感触だけで、トークの内容はまったく覚えてないんですけど。何を話していたんだろう? たぶん、誰かの悪口なんですけど(笑)。
──「ボケとツッコミ」のような役割のない、電気の笑いのセンスは独特ですよね。
それは彼らもよく言ってますよね、互いの話にツッコまないんだと。お笑い芸人だと、ある程度「型」ができていくけど、彼らにはそれがなかったんですよね。
──90年代のカルチャーの熱気について、本の中で繰り返し書かれているのも、印象的でした。あの時代に憧れる若い世代も多いですよね。
自分たちの世代は自分たちの世代で、ウッドストックとか、60年代に憧れていたので、過去に憧れを持つのは、普遍的なことなのかもしれません。
ですが、それでも90年代はやっぱり面白かったなあと思います。「WIRE」をはじめ、テクノのパーティーも盛んだったし、カルチャーシーン全体が熱かったと思います。今のような企業主導ではない、現場で作られる本物の熱気でした。それを支えていたのは、ある種の“いい加減さ”だったと思います。コンプラ的なものも、今と比べてユルい時代でしたから。













