続々と参戦する外野たち

試合後の会見で、大坂にこの件について尋ねた米国人記者の質問は、次のようなものだ。

「テニスでは、試合後の握手でのドラマが時々ありますが、あなたの試合では見た覚えがありません。初めての経験で、どんなことを感じましたか?」

この質問の意味するところは、大坂の過去の試合では、緊迫の握手シーンがほとんどなかったということだ。試合後の握手は、互いの健闘を称える行為ではあるが、両選手ともに極限状態で戦った直後のことだ。小競り合いが生まれることも、決して珍しくはない。

コート上での勝利者インタビューでは回答に戸惑う一幕も (写真/マノヒロマサ)
コート上での勝利者インタビューでは回答に戸惑う一幕も (写真/マノヒロマサ)

そのような“時折見る光景”であるはずの一件が、ソーシャルメディアを大いに賑わしたのは、外野の声が原因だった。

一つは、米国の放送局『テニスチャンネル』で、元世界1位のマルチナ・ナブラチロワが「サーブ間に、相手に聞こえるような声を出すのは良くない」と言ったこと。

さらには、ノバク・ジョコビッチの伴侶のエレナ氏も、ソーシャルメディアで「あれが“妨害行為”とみなされなかったのは驚き」と発信した。

これらの著名人のコメントが、火に油を注いだ感は否めない。なお、ナブラチロワと共に解説者として『テニスチャンネル』に出演していた元世界1位のリンジー・ダベンポートは、「サーブ間に声は出すべきではない」と規定した上で、次のように語っている。

「あれは大坂が、これまでも悪気なくやってきたことで、今回はシルステアが指摘しただけ。一回戦の時にもやっていたし、その時は誰も何も言わなかった。大坂が、嫌がらせをするような人ではないことは、誰もが知っている。これからは、やらなくなると思う」

冒頭に記した通り、大坂は3回戦の直前に、左脇腹のケガのために棄権を表明した。突然の報に観客たちは落胆したが、思えば予兆はあった。それは2回戦の第3セットで、メディカルタイムアウトを取っていたこと。試合後の会見で理由を問われた大坂は、「古傷の再発。私の負傷歴を知っている人なら、想像がつくのでは?」と答えている。

昨年のこの時期も腹筋を痛めていたこと、そして治療のためロッカールームに引き上げたことを考慮すれば、同じ個所であろうことは予想できた。

一回戦では苦戦していたが、第二戦では試合感を取り戻しているように見えただけに残念だ。コンディション的にはランキング一桁代の選手とも互角にやり合えそうな状態に戻りつつあり、出産前の、あの強い大坂なおみが戻ってきている。

そしてプロアスリートの本分が、競技上のパフォーマンスにあるのは間違いない。それと同時に、プロアスリートは表現者であり発信者であるのも、また事実だ。

とりわけ、1970年代のウーマン・リヴを追い風に発足したWTA(女子テニス協会)には、選手は人々のロールモデルとなり、手にした発信力を生かすべきとの理念がある。セリーナ・ウイリアムズやマリア・シャラポワ、リー・ナら時代の寵児に憧憬を募らせた大坂が、その精神を継承しているのは必然だろう。

ちなみに日本ではあまり話題に上がっていないが、25年の10月に日本でも公開された映画『ジュリーは沈黙したままで』ではプロデューサーを務め、年末には自身が立ち上げたエージェント会社を離脱するなど、全豪オープンの前から多くの話題を振りまいていた。

そしてコートに立ったわずか4時間22分で、彼女は多くの話題をさらった。それは多様性を体現するこの国で、矛盾も含め種々の要素を内包する大坂が、多くの人々の心の琴線に触れたからに他ならない。

取材・文/内田暁
写真/マノヒロマサ