政治に対する姿勢
マライ 確かに日本のお笑いは他人を笑うというよりは自虐的で、ドイツよりオープンで参加しやすいと思います。ドイツの公共放送でやるお笑いは、だいたい政治や社会風刺ですもんね。
浅井 対象は政治家かスポーツ選手ね。
マライ ただ、日本でもたまには政治家だって茶化す瞬間が必要なんじゃないかと私は思うんですけど。
浅井 私もそう思います。日本では政治の話がしにくい空気がありますよね。
マライ ポルトガルはどうですか?
浅井 政治の話はしてますよ、やっぱり。私はポルトガル語が拙くて高度な議論には参加できないんですが。
マライ そのあたりはヨーロッパ人ですね。
浅井 政治は切実な問題で、自分たちの生活に直結しているという実感があるからでしょうね。ただポルトガルの田舎の人は、逆の意味で政治に興味がない人も多いです。政治家は全員犯罪者だから、右になろうが左になろうがどこの党もみんな悪いんだから、関係ないし興味ないという人もかなりいます。それも生活実感ですよね。今まで政治家が自分たちのために何かしてくれたことはない。独裁政権時が悪い時代だったというのは共通認識だけど、じゃあその後に出来た政権がよかったかというと、そんなことはなかったわけです。独裁政権のときのほうがむしろよかったこともあって、例えば、犯罪者がちゃんと処罰されていたとか、昔はものの善悪がちゃんとあった、と言うお年寄りだっている。田舎はタブーがないので割とそういうことをオープンに言うんです。
マライ ドイツでも旧東ドイツ側の人たちが言いそうなことですね。
浅井 そう、全く同じ構図なんですよ。
マライ ですよね。旧東ドイツの地域に住んでいる人たちにとって、ベルリンにいる政治家は自分たちのためには全然何もやってくれなくて、でも、どうもそこそこリッチな暮らしをしているようだし、でかい面してるし、それは許さんわ!という感情があるんでしょうね。
浅井 社会保障語って税金だけむしり取りやがって! みたいなね。でも彼らの不満が真剣に取り上げられてないのは本当だと思う。実際問題生活が苦しいのに、そういうことを言うと、知識人やインテリの人たちに外国人差別だとか右翼だとか、おまえらは東出身だから民主主義の在り方を知らんのだとか、そういうふうに言われちゃって。ある程度生活が保障されている大学の先生やお金のある人が、それこそ来月の家賃が払えるかどうかという少ない収入で生活をしている人に対して、上から目線でものを言うわけです。ポルトガルの限界集落に住んでいると、やっぱり田舎の生活のリアルなしんどさみたいなものがあるんですよ。私の村に電気と水道が来たのは一九八〇年代で、今四十代の人が生まれた頃は電気も通ってなくて、日本でいう大正時代の農村みたいな暮らしをしていたんですね。隣から火種をもらってきて、かまどで薪に火をつけて料理して、という感じ。移動はロバだったんですよ。その頃リスボンの人たちは、ヨーロッパ人として普通の文明生活をしていたわけで、そういう違いはやっぱりあるでしょうね。
外国で暮らすのに大事なこと
マライ 本の最後の章で、「外国で暮らすために大切なものとは」という問いに「お金とビザ」と書かれてましたよね。もちろんそのとおりなんですが、私は「自分らしさをいかに守るか」かなと考えました。自分のもともと大切にしていたものをいかに守るか、それは人によって違いますけど、例えば、先ほどの「朝御飯には納豆を食べる」「マッシュポテトにはしょうゆを入れる」とか。それは絶対守らなきゃいけない、という気持ちがあると思うんです。
浅井 なるほどね。
マライ 別に食じゃなくてもいいんです。考えとか振る舞いとか、マナーとか、そういうものでこれだけは諦めたくない、守りたいというものがあるんじゃないかなと。
浅井 それはあるでしょうね。私はドイツに二十年暮らしましたけど、日本人として、たとえ自分の損になっても謝るところは謝ろう、知らないことは知らないと言おう、笑うときには自分を落として笑おう、そういうふうに考えているところはあります。もちろん日本人のダメなところもいっぱいあるんだけど。
マライ 私が守りたいドイツ的マナーは、例えば、ドアを後から来る人のためにちょっと開けておくこと。あとはスーパーのレジで、急いでいる人に順番を譲るとか、重いスーツケースを持った人が階段にいたら、すぐに手伝うとか。あまり日本では見ないしぐさですよね。
浅井 確かにそうですね。自分がいっぱい物を買うときに、後ろにポテトチップス一袋だけの人が並んでいたら、ドイツ人はたいてい「先にどうぞ」って言います。
マライ 不思議ですよね。「言語化できないものは存在しない」というのがドイツ人ですが、空気を読む習慣もちゃんとあるんですよ。だけど日本には、それ以上に明文化されてないルールがとても多い。だから外から来た人はとても苦労します。日本の人からすれば「順応してほしい」という話かもしれないけど、「目立ってほしくない」というのも本音だと思っています。
浅井 わかります。私はそれが苦手で日本を出たというところがあるので。でもポルトガルでも明文化されていないルールは多いですよ。例えば、ポルトガルの村にあるアデガというワイン蔵は、昔は基本的に女性は足を踏み入れない男の場所だったので、入り口までは行くけど中には入らないというお年寄りの女性が結構いるんです。私はそんなこと全く知らなかったし意味もわからないから平気で入ってしまった。今はそういう不文律もなくなりつつあるようなんですが。
マライ なるほどね。
浅井 ただ、私は外国人なので、ドイツ語で言うところのNarrenfreiheit(道化の自由)が当てはまるんですね。道化は最初から頭数に入れられていないから、だからこそ自由に王様批判とかできたわけです。
マライ 期待されないということですね。
浅井 そうです。道化のようなものだから、限界集落の難しい人間関係に巻き込まれずに済んでいる。十人しかいない村の人間関係はやっぱりドロドロなんですよ。
マライ お友達で離婚している夫婦もいらっしゃいましたよね。
浅井 そう。元夫婦のAさんとBさんがいて、ふたりは天敵だけど、私たち夫婦はどっちとも付き合える。それは外国人だからこそです。限界集落の中で暮らしていても、明文化されていない、いまだに私がわかっていないことは多いと思います。














