サバは5 0 0グラム、イワシに1 0 0グラムの壁

一方、こうしたサンマの価値観について小谷さんは、サバやイワシには通用しないという。

なぜなら「サバの旬を知っている消費者はほとんどおらず、年間を通じて生鮮物が店頭に並んでいるほか、塩干コーナーでも、ノルウェー産や国産の塩サバがフィレ(三枚おろし)の状態で並んでいる。店頭に並んでいる生鮮のサバは、500グラム前後が中心で、産地(漁港)では、このサイズを生鮮用の中心規格に据えており、仕入れ側もこのサイズを中心に仕入れるため、それ以下の小サバは流通に乗らず、消費者の目に入らない」という。

生鮮・塩干物サバは、国内の豊漁・不漁のほか、獲れるサバの大きさが小型ばかりであっても、ノルウェー産をはじめとした輸入物が幅を利かせているため、そちらへシフトすれば国産サバは必要なし、というわけだ。その点で、サンマと供給事情は大きく違っている。

それではイワシのほうはどうか。小谷さんは、「1尾当たりのサイズと価格は、サンマのように、塩焼きができるかどうかといった基準は通用しない。1尾丸ごとで塩焼きした場合、サンマは100グラムの1尾が198円だったとして、イワシの場合、100グラムサイズがあまり流通していないため、単純な比較はできないが、仮に1尾70~80グラムのイワシに百何十円といった売価を付けても、サンマのようには売れない。それは塩焼き用の魚として、イワシの価値がサンマに遠く及ばないためだ」と説明する。

食卓にイワシの塩焼きが1尾、皿に盛られたときと、サンマの塩焼き1尾では、さすがにイワシのほうが見劣りしてしまうだろう。小谷さんは、そうした状況を思い浮かべ、「きっと食卓に集まった家族からは『え~今日はイワシなの~』と、残念がる声が漏れることは間違いないのではないか。それは主婦が最も嫌がる家族の反応である」と語る。

このように、1尾100グラムほどの小さいサンマは、イワシやサバと違って、季節物としての根強い人気から、生産・流通し、消費される。ほかの大衆魚にはない需要がある点について小谷さんは、「サンマの旬が、秋にメディアで盛んに取り上げられるほど明確であるほか、季節感があって1人1尾食べられ、小さくて細くても食卓の一品として出すことができる。サンマの消費願望は、日本人のDNAに組み込まれ、郷愁を覚えることに起因しており、それがイワシやサバとは違った価値を生み出している」とみる。

秋の味覚として庶民に親しまれてきた秋刀魚だが…
秋の味覚として庶民に親しまれてきた秋刀魚だが…

小谷さんの説明を裏付けるように、豊洲市場では不漁でもサンマは秋の目玉的な存在であり続けている。同市場でサンマを取引する卸会社の競り人は、筆者のインタビューに対し、こう語った。

「築地時代、サンマの豊漁時には、かなり大ぶりで脂が乗ったサンマだけを集荷し、仲卸やスーパーなどに卸売していた。しかし今は、そのころ缶詰用に回されていたサイズしか獲れないから、近年のサンマは必ずしもおすすめできる魚ではないのだが、それでも秋の旬の味覚には違いない。

消費者も秋になれば、やはりサンマを食べたいと思う。それを感じたスーパーのバイヤーや鮮魚専門店は、日々水揚げされたサンマのうち、できるだけ大きなサイズを仕入れようとする。決して昔のような安値ではないが、大きさと価格のバランスを考えて取引に臨んでいるため、われわれも日々、漁港の水揚げ状況をにらみながら、水揚げされたサンマのうち、できるだけ大きなサンマを産地から呼び、小売りサイドへ流す。それが競り人としての役割だ」

豊洲市場に限った話ではないが、近年、魚の旬が忘れられようとしている。冷凍技術の向上や養殖漁業の発展などにより、いつでも同じ魚が食べられるのは、消費者にとってありがたいことだが、その一方で、秋のサンマのように季節感・旬を感じられる機会を減らすことになり、それが魚離れの要因にもなっているのだ。