「クマ外傷の後遺症に苦しむ人も多い」
こういった「クマを殺すな」という意見に断固として反対するのは秋田市内で菓子店を経営する湊屋啓二さん(68)だ。
湊屋さんは2年前にツキノワグマの襲撃に遭った。頭部に頭蓋骨がむき出しになる裂傷と右耳の一部の破損、顔にも複数の深い掻き傷を負った。
「クマを捜し出して殺せって言ってるんじゃなくて、市民の安全を脅かすクマは殺さないとダメだって言ってるんですよ。
『クマを殺すな』なんて言うかたは、クマの凶暴性と攻撃力の高さと恐ろしさを知らない。一度やられなければわからないと思いますよ」
湊屋さんが被害に遭ったのは2023年10月19日の午前中、車庫のシャッターを開けた瞬間だ。目の前に「頭部が茶色のツキノワグマ」がいた。ツキノワグマは全身が黒で胸に月のような形の白い柄があることからその名がついているが、湊屋さんは瞬間、「茶色なんて珍しいな」と思ったそうだ。
2、3秒もの間ほど見つめ合い、後ろを向いて全速力で自宅に向かい走った。
「グワオウッ」
ツキノワグマは叫びながら湊屋さんを追いかけた。そして腕と爪を使って左側からものすごい力で地面に倒してきたのである。
「とっさに頭を隠しました。しかしクマはなぜか執拗に顔を狙ってくるんです。背中を何度も引っかかれ、顔を隠してる腕の隙間から耳をかじろうと何度も牙をむきました。耳元で『ぶぉっ! ぶぉうっ!』ってすごい興奮した唸り声がして『俺はクマに殺されるんだ』と覚悟しました。
顔を隠しながら観念していると、なぜか攻撃が止み、その瞬間に走り出して作業所に入り鍵をかけました。痛みは感じないけど左目が見えないので『左目をやられたな』と思いながら鏡を見ると、頭皮がはがされていて頭蓋骨が見えた。顔中血だらけですよ。その姿を見た妻は『ギャッ』と叫んだほどです」
湊屋さんは頭部を30針も縫う重傷で、左目近くの外傷はあと5㎜深ければ失明していたほどだった。
「三苫の1㎜、湊屋の5㎜って言ったら周りにウケましたよ」
そんな冗談を言う湊屋さんだが、精神的な後遺症などはないのか。
「それはない! 私はあの頭部が茶色のツキノワグマを忘れない。また見かけたら獲って食ってやる!」と笑う。
「ニューヨークタイムズのリチャードって記者からも取材受けてさ、『あなたはそのクマをどうやって食べるんだ』と聞かれたので『みそ鍋だな!』って言ったらそれがタイトルになっちゃって大爆笑ですよ。
なんてね、笑ってる場合じゃなくて、私を襲ったクマは私含めて5人も襲っているそうです。しかもそのクマはその後、消息を絶っているんですよ」
湊屋さんは現在も頭部に頭皮が突っ張られるような痛みや、右耳の損傷した部分に痛みを覚えるという。そんな時は自身でマッサージして気を紛らわすのだという。
「こういったクマ外傷の後遺症に苦しむ人も多い。ご意見をくださる方は、ぜひそういう外傷で苦しむ方々が相談できる場をどう作ったら良いかについて考えていただきたいですね」
北秋田市役所の担当者は、湊屋さんを襲ったクマの行方を把握しているのだろうか。
「その時のクマの個体はDNA鑑定などできておらず、行方はわかっておりません。もしかしたら他県で捕獲駆除されているかもしれないし、未だ山で生きているかもわかりません。
今年4月から9月末時点で、370件のクマの目撃情報があります。私たちは人身人命を大事に、今後もクマだけでなくあらゆる害獣対策に取り組んでいきたいと思います」(農林課の担当者)
湊屋さんを襲った、頭部が茶色の珍しいツキノワグマの行方はわかっていない。クマ駆除の報道を目にして動物愛護的な視点からご意見を市町村に向けたくなるかたは、いま一度、湊屋さんの「やられてみなければわからない」という言葉を思い出してほしい。
取材・文/河合桃子 集英社オンライン編集部ニュース班