医師とAIの主従関係は逆転する

もし、誤診のない医療があるとしたら、皆さんはどう思いますか?

AIによって、医療はそんな理想にぐっと近づいています。

絵画鑑賞では、世界各地の美術館や展覧会の情報を瞬時に教えてくれて、作品の来歴や所蔵先を案内してくれる。テニスをプレーするときは、その日の参加メンバーによって場所や値段を考慮して空きコートを探し、予約の手前まで済ませてしまう。哲学的議論や科学的思索を深める対話相手としても、秋の夜長に飽きることなく議論を続けてくれる。

さまざまなウェブサービスは、単なるお仕着せを受け入れるだけにとどまらなくなった。ここ数年の間に、AIは多様な形で急速に私たちの生活に入り込むようになってきました。

特にこの原稿を書いている2025年には目覚ましい伸長を遂げています。文章や絵を作るだけでなく、「目」や「耳」の機能までAIが持ち始めています。

医療現場でも、AIが「病気を見抜く目」として使われ始めているのです。工場の不良品検品や小売や卸売業の需要予測など、産業分野でAIが活用されていることは日々の報道を通じて知られるようになっています。果ては、競馬のオッズ変動から「妙味のある馬」を見抜く分析が可能、などという非日常も含め、さまざまな使われ方が私たちの脳も心も刺激します。

AIはきっと医療の分野にも役立つはずだし、実際すでになんらかの形で役立っているのだろう……そういうイメージは、多くの方が抱いていらっしゃると思います。

ただ、本職の医師を含めてまだまだ多くの人が、近未来の医療におけるAIの役割を、医師を手助けする「優秀な助手」くらいに考えているのではないでしょうか。しかしこの見立ては、人間医師とAIの能力差を考えると、ちょっと的外れかもしれません。

写真はイメージです(PhotoAC)
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AIはすでに、医療現場で目覚ましい成果を上げています。レントゲンや内視鏡の画像、あるいは心電図の波形をAIに解析させることでいち早く病気を発見する技術は実用化され、放射線科医や内科医の業務効率化に一役買っています。

いままでならば「名医」と呼ばれた医師にしか気づけない、あるいは名医でさえ見落とすような異常を、AIは必ず見つけ出してきます。たとえば、咳の音を聞くだけで病名を見抜く技術が実用化されています。患者さんの立場では、診察室に入る前から診断が始まる未来がもう、すぐそこまで来ているのです。

未来の医療では、AIこそが診断や治療の中心を担い、人間の医師はその判断をもとに患者さんとの対話や調整を行う「協力者」になる――そんな姿が少しずつ現実になってきています。

もし人間医師がAIとの関係で従属的な地位に甘んじることに屈辱を感じたとしても、この流れに抗うことはできないでしょうし、AIを受け入れることに抵抗を感じる医師自体、世代交代が進めば絶滅していくと思われます。

都市部の医師ほど導入が早く、地方の医師ほど抵抗感が強いことは、ごく目先の状況としてはありえますが、すぐに状況は変わっていくでしょう。