臆病なクマがあえて人に接近してきたワケは
「クマは人を襲うとき、必ず立ち上がる。それから前脚を振り下ろすんだ。犬みたいに走ってきてそのまま嚙みつくってことはしない。ぜってぇ立ってからやるんだよ」
そう語るのは、群馬県奥利根を中心に活動するベテランのクマ撃ち猟師・高柳盛芳さんだ。
クマは元来、臆病でおとなしい動物だ。通常、人には積極的に寄ってこず、出会い頭で驚いて襲ってくることが多いという。また、敵意を示す際に立ち上がる習性があり、正面対峙のパターンが多い。
だが金井さんのケースは、出会い頭でも正面でもなく、狙われるような食料も持っていなかった。
さらにクマは、聴覚がとても優れており、音に敏感だ。そのため「山に入るときはクマ鈴など音の鳴るものを身に着け、人が近くにいることをクマに教えること」といった教えもある。
でもあのときは、クマ鈴こそ持っていなかったものの、車のドアやトランクを開け閉めしていたうえ、ガサガサと荷物を取り出したりしていたのに、なぜ──。
「クマってのは、人が思うよりずっと利口で慎重だよ。簡単には姿を見せない。でも、いざってときは、ためらいなく来る。
もし森の中でクマに遭遇したら、すぐに動いちゃダメだ。クマと目を合わせ続けるんだ。すっげぇ怖いけど、絶対に目を離さないこと。そのうちにクマがチラッと目を逸らしたら、それがチャンス。ソイツは逃げ道を探してるってことだ。そしたら、そ~っと後ろに下がる。距離ができたら、クマの方から逃げて行くから」(高柳さん)
防ぎようがない背後からの不意打ち
しかし、今回のように背後から不意を突かれるケースでは、このような対処法を試す間もない。事実、金井さんはその姿を目撃すらできなかった。
「見てねぇんだよなぁ、本当に。後ろから一発やられて、終わりだ」という言葉に嘘偽りはないだろう。
クマが先に金井さんを視認していて、藪に身を隠していた可能性も考えられる。釣り道具を納めに車へ戻った瞬間を狙って、背後から奇襲したのか。
今回の襲撃パターンは、よくある出会い頭とは違い、まるで「狙っていた」かのようだった。クマが人間への警戒心を失い、あえて接近してくる背景には、餌不足や人里への慣れがあるとの指摘もある。
金井さんは、退院からわずか一週間後に再び竿を手にし、“いつもの釣り場”に足を運んだ。
「釣れなかったけどな。まぁ、それでも行くもんだよ」
野生動物との接触リスクが現実のものとなった今、自然との共生をどう実現するかは、地方の喫緊の課題である。人と自然、そして野生動物。その境界線は今、再び引き直されつつある。
文/風来堂