タオルが絞れるほどの大流血
沼田市薄根町の自宅にたどりついたのは、襲撃からおよそ30分後。血まみれの金井さんを見て駆け寄ってきた近所の“おっかあ”が声をかけた。
「それ、なにしたん!」「クマにやられたみてぇだ」。
その言葉に彼女は驚愕した顔をして、「いいよ、車で行くべ!」とすぐさま病院へと連れていってくれた。金井さんは自分で運転をしていたが、そのまま病院へ行くことまでは考えていなかったという。
「たぶん、話しかけられていなかったらすぐに病院へ行ってなかったかもしれない。タオルが絞れるほど血が出ていたけど、興奮状態だったのか、大怪我だという自覚はそこまでなかったと思うなぁ」
病院に着くと、すぐに診察や傷の処置、レントゲン撮影等が施された。眉上の骨の一部が陥没し、皮膚の裂傷は複数。眉上は2針、頭部は5針を縫う深手だ。医師からは2週間ほどの入院を告げられた。
その後は、感染症なども起こさず順調に回復。眉上の骨が少し陥没したままだが、幸い後遺症はなかった。
人間とクマの境界線が失われつつある
金井さんが襲われた佐山町の現場は、彼の生まれた家のすぐそばだ。山も川も、彼にとっては幼い頃からの遊び場だった。「昔からクマはいた」と金井さんが語るように、クマという存在は決して他人事ではなかった。
直接的な被害こそ少なかったが、「いる」という意識は、代々この地に暮らす人々の中に根付いていた。ただ、この出来事の数年ほど前から、地域では明らかな変化が起きていた。
現在、金井さんが暮らすのは佐山町から車で20分ほど南下した薄根町だ。金井さんの仕事上のボスであり、ここで古くから農業を生業としてきた石井均さんも「近年、この地域では変化が起きている」と話す。
「ここは200年くらい野菜を作っている土地なんだけど、ここ5年くらいで、クマが出るようになったんです。それまでは、見たって話すら聞かなかった。最初は信じられなかったよ。加えて、イノシシやサルといった他の野生動物も同様に出没するようになったんだ」(石井さん)
それは、この土地の長い歴史の中でも異例のことだった。
今回の襲撃は、「クマが人里に下りてきている」という新たな局面の中で起きた事故といえるだろう。食糧の減少や気候・環境の変化、人の営みの変容──あらゆる要因が折り重なり、野生動物が人里へと姿を現すようになってきている。