「いのっちの電話」

坂口 僕は自分の携帯090-8106-4666で、苦しいときには電話して、という「いのっちの電話」をやっているわけです。だけどもし、僕と電話をしたあとで自殺者が出ると、現場検証の刑事から、確認の電話が僕にかかってくるはずなんです。

「自殺しましたが、話されましたか?」ということで。だけど僕、たぶんこれまでに5万人の電話に出てるんですけど、その確認の電話、いまのところひとりしかいなかったんです。

そのことを精神科医の斎藤環さんが、「これをエビデンスと言わずして、何をエビデンスと言うんですか」って言ってくれてて。つまり、この人に電話がつながると、一時的には生きて、その直後には死なない。もちろん数か月とか数年後に死ななかったとは言えないし、それを確認したパターンもあるんですけど。

坂口恭平さん 写真:中村寛史
坂口恭平さん 写真:中村寛史
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糸井 ええ。

坂口 ただその、確認の電話をかけてきた刑事の人と話したときに「俺、人が1回自殺したら、やめようと思ってたんです」って言ったら、「いや、やめないでください。いま、あなたのところに私が電話したいくらいですから」と伝えられて。そこから今度、刑事からの電話に出るようになったんですよ。仕事の電話とかじゃなくて、「死にたい」という刑事の電話。

糸井 ああ。

坂口 つまり、刑事は影響をもらいすぎるんです。自殺者の中には若い子もいるでしょ?そういう現場を見ると、もう、とんでもない状態になるらしいです。あとは何十階もある高層ビルの上の端を歩きながら電話してきた、救急隊員の人もいて。

その人は救急車から死体を大量におろす仕事をしていたんですけど、「砂袋か死体か、もう訳がわからなくなった」って。いまは死がどんどん隠されているから、目の当たりにする刑事とか救急隊員の人たちが大きな影響を受けるんです。だからいまね、俺、救急車を見たら「本当にいつもご苦労様です」って思うようになりました。

糸井 本当にそうですね。

坂口 でもこの電話、何もお金を使わないスタイルではじめていて。にもかかわらず、5万人ぐらいとやりとりができているんですね。しかも実際には、そこで生きのびられて「ありがとうございます」という電話のほうが多いぐらいですから。

僕、お金が無さそうなシングルマザーとかがいると、すぐに30万ぐらい振り込むんですよ。それこそギャンブル依存症で困っている人とかも、話を聞くとどうやら「明日、結婚式に行きたい」と。だけどそういう人たち、恥ずかしくてお母さんに「実は借金を抱えてて……」とか言えないから、それで死にそうになっている。そこで10万振り込むと、喜ぶじゃないですか。これ、僕の場合はもう振り込んじゃうんです。

糸井 へぇーっ。

坂口 そしたら税理士さんが「恭平さんこれね、普通だと寄付になるから、税がかかるけど、あなたがやってることは社会福祉法人じゃん」って。「社会福祉法人の活動は無税なのよ。だけどあなたは社会福祉法人に入ってないでしょ?だから私が責任を持って、これをすべて損金にして無税にするから、Ⅹ(ツイッター)に書いてくれって。

つまり、「お金を払ったときは物語にしてくれ」って。そしたら『坂口恭平物語 出演料』という領収書を切れるから。「ここも『事務』ですか」って思ったんですけど。

糸井 すごい『事務』だね。

坂口 そう、面白いですよ。だから、そういうこととか。

糸井 それはもう、作品だね。

坂口 そうなんです。そして、よくよく考えると、この「いのっちの電話」って、完全にシェルター、避難所になってるんです。地面も所有してないし、建物も造らないし、お金もかけてないですけど、僕がかつて知って衝撃を受けた『宇宙の罐詰』に通じるような方法で、そういうことができている。

糸井 確かに。

坂口 僕は大学生のときからずっと「とにかくシェルター、避難所を作りたい」って思っていたんです。いま、避難所を造る建築家って、ほとんどいないですから。坂茂さんは頑張ってますけど。だから「いのっちの電話」は実は、僕にとっての建築作品で。「0円」で作った、声だけのボイス・アーキテクチャー。ある意味、そういう感じになっちゃってて。

糸井 人間がひとりいるって、相当なんでもできますね。