甥と姪のプレゼントを入れ違えて渡したら

「だめ、スティーブンおじさん、これはあたしの!」。姪が目に涙をためて叫んだ。いまあげたばかりのクリスマスプレゼントを返してほしいと、恐る恐る頼んだのだ。

姪や甥も含めて、家族全員へのプレゼントを大急ぎで包んだせいで、私は宛名のラベルを貼り忘れるというミスを犯した。おかげで、うっかり姪にバズ・ライトイヤーのフィギュアをプレゼントしてしまった。甥の一番のお気に入りのキャラクターだ。そして甥は、姪の大好きなエルサの人形の包みを開けようとしている……。

部屋がしんと静まり返り、私はどうにかしなければならないと言葉を探した。姪はバズ・ライトイヤーを胸に抱きしめ、意地でも渡すものかという顔で目を細める。「だけど……でも……」。私は口ごもった。「ちょっとした手違いがあって……バズは弟にあげるつもりだったんだ」

張りつめた空気のなか、姪の視線が私と大事なおもちゃのあいだを行ったり来たりする。甥は緊迫した状況に気づき、包みを開ける手を止めて、何が起きているのか見ようと首を伸ばした。

私は負けを認めた。

「わかったよ。それはきみのものだ」。てこでも動こうとしない、涙ぐんだ3歳の女の子と交渉する覚悟はなかった。そんなことをしても無駄だ。

驚いたことに、包みを開けて真新しいエルサの人形を手にした甥も、どうやら満足している様子だった。嫌がる素振りも見せず、交換しようともせず、姉がぴかぴかのバズ・ライトイヤーのフィギュアを抱きしめるのと同じように、人形を大事に抱えこんでいる。2人とも、自分がもらったものが気に入ったのだ。とはいえ、もしおもちゃ屋さんに連れていったら、姪はエルサを、甥はバズ・ライトイヤーを選んだにちがいない。

なぜアップルの店頭では自由に製品を触れるのか…所有体験させることで消費者の愛着度を高める心理的魔法_1
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ただ所有していると言う理由で高く評価してしまう

このクリスマスの失敗から、私は「授かり効果」という行動心理学の現象を身をもって学んだ。授かり効果とは、その物の客観的な価値に関係なく、ただ所有しているという理由で高く評価してしまう認知バイアスだ。

言い換えれば、人は自分が所有する物に対して、所有していない類似の物よりも執着する傾向がある。じつは、これはブランドがつねに仕掛けている強力な心理トリックだ。

アップルも例外ではない。どの店舗もオープン・ディスプレイで、自由に製品に触れられるので、客はインタラクティブな体験ができる。

また、フロアに展示されているデバイスはすべて電源が入った状態で、アプリがインストールされ、インターネットに接続されている。

画面はできるだけ多くの客に操作してもらえるように、どれも同じ角度で固定されている。スタッフは厳しいトレーニングを受けており、強引に購入を勧めたり(インセンティブ制度はない)、退店を促したりすることもないため、客は好きなだけ製品を試すことができる。

製品の使い方を教えるトレーニングプログラム「ワン・トゥー・ワン」の目的は、ユーザーが自分で解決策を見つけられるようにすることで、スタッフが許可なくコンピュータに触れることはない。