ガザ地区をブロック分けし、退避要求しつつ空爆…一方で「人道的努力」を主張するイスラエル
至近距離での空爆、戦車による砲撃、繰り返される退避要求……国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターが、戦時下のガザで、間近に見たものとは?
人道医療援助活動に携わった6週間の貴重な記録を綴った『ガザ、戦下の人道医療援助』より一部を抜粋、編集してお届けする。
ガザ、戦下の人道医療援助
”服従”という選択肢はない
国連によれば、イスラエル軍によって設定されたいわゆる”人道地域”は約41平方キロメートル。そこに百万人以上の避難民と、もともと住んでいた住民が押し込まれている。
東京の江東区は、面積がほぼ同じで、人口が50万人強だから、今の江東区の人口が倍に膨れ上がったと想像してみれば、ある程度人口密集度がイメージできるかもしれない。
砂浜にテントを張った人びとも、ついには波打ち際近くまで追いやられていて、波の高い日などはさらなる移動を強いられている。
西からは波が、東からはイスラエル軍が人びとを両ばさみにしている。それをイスラエル軍は、人道的観点からの安全確保策と言い、空爆による犠牲者が出ても、〝最大限民間人の安全を配慮した結果〟としている。
この記録を書いている2024年10月においても、米国、エジプト、カタールの仲介による停戦合意への協議の行方に一筋の光明も見えていない(注:その後、2025年1月15日、イスラエルとハマスが、同月19日を発効日として42日間の停戦に合意したと発表された。翌20日にトランプの米国大統領就任式を控えてのことだった)。
2023年10月7日、イスラエルに対して大規模な無差別襲撃を行い、二百数十人もの人質をとったと言われるハマス戦闘員、その後の一年間、圧倒的な軍事力を使って徹底的な破壊と集団懲罰的攻撃を繰り返すイスラエル軍、両者の溝は埋められないでいる。
イスラエル軍はおそらく、人道地域を一層狭め、退避要求を繰り返して人びとを狭い空間に押し込み、ガザの人びとが服従するまで攻撃を続けるつもりでいるのではないかというのは、決して勘ぐりすぎではないと思われた。
あるパレスチナの医療援助団体の現場責任者が、メディアからの「これからどうなると思いますか」という質問に、「死ぬか、追放されるか、停戦か」と返答した。彼の答えに〝服従〟という選択肢はなかった。
文/萩原健
2025/4/25
2,200円(税込)
260ページ
ISBN: 978-4834253993
国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターが、戦時下のガザで、人道医療援助活動に携わった6週間の貴重な記録。
至近距離での空爆、戦車による砲撃、繰り返される退避要求……。集団的懲罰のような状況の中、必死で医療に携わり、少しでも多くの命を救おうとする人々や、疲弊しながらも希望を失わないガザの住民や子どもたちの姿。
活動責任者として、スタッフの安全を確保しつつ、地域住民との交渉などにも奔走する著者が、さまざまな背景も交えながら、戦下のガザの現実を描く。
高野秀行さん(ノンフィクション作家)推薦!
「ニュースやSNSでは見えないガザ紛争の現実に瞠目した」
【目次より抜粋】
序章
「ガザ地区のブロック分け」の発表/イスラエルの主張する人道的努力/パレスチナとイスラエルの歴史的経緯
第一章 ガザの地へ
国境なき医師団(MSF)と緊急対応コーディネーター/退避と移動の繰り返し
第二章 ガザの地で
民主的に選ばれたハマス/深夜〇時の退避要求、早朝五時の空爆/人道地域内への激しい軍事攻勢の始まり/懲罰というより拷問/至近距離の軍用ヘリによる攻撃
第三章 人道医療援助活動
タバコ一箱五〇〇ドル/液状石鹸強奪事件/絶対的に不足している水/武器を用いた家族同士の争い/半減した病院/ムフタールとの会合
第四章 イスラエル軍攻勢激化の二週間
その場を一刻も早く離れろ/国際人道支援団体宿舎集中地域への退避要求/少女とビスケット、そして希望としての子どもたち/狂気的な殺戮を止められない国際社会
第五章 季節と情勢の移ろい
戦時下のポリオ予防接種キャンペーン/退避要求が出ても病院に残る/熱々のアラブパン
第六章 停戦交渉、軍事攻勢、人道医療援助活動団体
治安を乱す者たちと守る者たち/人道にかける者たち/給水パイプライン、海水淡水化装置/焼け焦げたシファ病院
第七章 六週間の終わり
足を切断した子どもたち/原爆投下のあとのヒロシマの写真のようだった
終章
互いの正義をぶつけることに意味はない/人間の尊厳/ガザ・マリン天然ガス田/俺たちはアラブなんだよ――コンセンサスの難しさ/ハマスが第一党になった選挙――冷徹な国際政治/MSFの人道医療援助活動/そのあと――流転する中東