イスラエルの主張する人道的努力
一方で、イスラエル占領地政府活動調整官組織(COGAT)はイスラエルの人道的努力について継続的に精力的に発信している。その一つに〝フィールド・ホスピタル〟設置促進があり、ここでCOGATは、民間人のための医療施設を拡大させるために、フィールド・ホスピタルの設置を促進しているとし、MSFの仮設病院もそのうちの一つとして挙げている。
ここで留意していただきたいことが二つある。一つ目はMSFが設置するフィールド・ホスピタルはいかなる軍事活動とも一線を画する仮設病院であるということだ。軍事紛争の前線近くで、主として従軍する人たちに医療を提供する野戦病院ではない。
二つ目は、イスラエル国防省の組織の一つであるCOGATが、紛争の当事者、軍事活動の主体者として、軍事活動と人道援助を両立できるのか、という疑問だ。
両立できると言う人もいるかもしれない。だが、敵対する勢力がいる地域の民間人の犠牲はやむを得ないとして軍事攻撃を進め、一方で、犠牲者を治療する医療施設の設置を促進する、それを人道的努力というには到底無理がある。
MSFは、どんな活動地のどんな相手とも対話をし、人道医療援助活動とその原則についての理解を求める。紛争地において、普遍的な「医の倫理」と人道援助の名のもとでの活動にこだわるMSFの姿勢をナンセンスだという意見もある。
他方、自分が身を置く国家とか組織を考えなければ、MSFの人道医療援助活動の原則に共感する人たちがいるということを、僕は経験を通して知っている。それはイスラエルに属しようが、ハマスに属しようが、同じことだと僕は思っている。
しかし、生命を最優先事項と見なさない軍事活動を行う主体が、いくら人道的努力をしていると言っても説得力はないだろう。軍事活動と、人の生命と尊厳を優先する人道医療援助活動の使命とは根本的に異なるものだ。
仮にイスラエル軍が、主体者としてガザ地区内に仮設病院を設置し、〝最大限の配慮〟をしたと言ったとしても、〝人道的行為−非人道的行為=人道的〟という算術で非人道的行為を帳消しにすることなどできないというのが僕の個人的な意見だ。
人道医療援助活動の現場は、このような根源的な問いを僕たちに突き付ける。「言葉の使い方に過ぎないのだから細かいことは言わなくても……」と言って曖昧に済ませることができるほど、僕たちを取り囲んでいる環境は優しくない。
イスラエル軍の軍事攻撃と退避要求によって人びとは何度も避難を強いられ、イスラエルによって名付けられた〝人道地域〟に〝非人道的〟に押し込められ、その人道地域内でも昼夜空爆の脅威に晒され続けていた。
そしてその地域でさえどんどん狭められ、テントを設置する場所がいよいよなくなると、砂浜にまで押しやられている。