数値予報の総本山とAI

数値予報は、日本の気象庁だけでなく、世界の多くの気象機関で行われています。そのうちいくつかの国では、全世界を予測の対象とする全球数値予報モデルを開発・運用しています。

その精度を比べると、アメリカ、イギリス、日本などの気象機関の数値予報モデルが世界のトップクラスなのですが、中でもヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)という組織が長年、世界一の精度を保っています。

このECMWFというのは、イギリスに本部を置き、数値予報の開発と運用を専門に行っている組織で、ヨーロッパ各国から精鋭の科学者など、約500人を集め、最先端の開発を行っています。数値予報の世界の総本山といっていいでしょう。

そのECMWFが、物理学も気象学も使わないAIによる予測について研究・開発を始め、2023年に、彼ら自身の数値予報よりも精度の高い予報ができることを示したのです。筆者も、そんな日がいつかは来るかもしれないとは思っていたものの、気象庁を退職して間もなく、知人からこの話を聞いて、こんなに早く実現したのかと、まさに仰天でした。

気象庁でも導入を検討するAI予報。過去にない異常気象も予測できるのか?_2

大手IT企業の先行

ECMWFによるAI予報の開発成果が出されるより前に、Google、Huaweiなど、いくつかの巨大IT企業がAIを使った気象予報の開発に取り組んでいました。そして、2022年半ば頃から、彼らはデータとAIだけを使った予測の精度が、世界一の予測精度を誇るECMWFの数値予報と同等、あるいはそれ以上になると発表し始めたのです。

ECMWFがAI予報の研究を本格的に始めたのは、このようなIT企業の動きを受けてのことでした。このセンターでも、数値予報の計算の一部にAIを取り入れる研究などはすでに行われていましたが、IT企業がデータとAIだけで天気予報を行うAI予報モデルの開発に成功したことを受け、この技術について詳しく調べる必要があると考えたようです。

ECMWFが、IT企業によって公開されているAI予報モデルを使って予測実験を行ったり、自分たちでも同様のモデルを開発して予測をしてみると、精度を測るものさしにもよりますが、実際、自分たちの数値予報モデルより高い精度が出ることが確かめられたというわけです。

彼らの動きは非常に早く、2023年の後半には、ECMWFのホームページにこれらのIT企業のAI予報やECMWFが開発したAI予報の結果が毎日掲載されるようになりました。台風の進路予報はAI予報がいいものの、台風の強さなどはうまく予報できないなど、AI予報には強みと弱みがありますが、数値予報にひけをとらない予測ができているようです。

AI予報の大きな特徴は、直接は物理学や気象学の知識を使わないということですが、もうひとつの特徴は、予測の計算時間が極めて少なくて済むということです。教師データを使って学習をするときには、膨大な時間をかけて計算をする必要がありますが、一度学習してしまえば、日々の予測に必要な計算時間は数値予報よりもはるかに少なくて済みます。

数値予報モデルではスーパーコンピューターで1時間以上かかっていた予測計算を、AI予報ならば、1台のコンピューターで1分もかからずにできるというくらいの大きな違いがあるようです。

積み重ねが必要な物理学も気象学が不要だということは、高いAI技術さえあれば、IT企業などが天気予報の根幹技術に大きな役割を果たすことができるようになるということです。