またやってしまった。つい思ったことを言ってしまった。
私に言われたその子は、こらえるように笑みを浮かべて、耐えきれず泣き出した。私がびっくりして立ち竦んでいると、周りが慌ててあいだに入ってくる。人の気持ちを考えましょう。いや考えているつもりなんです、でも大爆笑・大激怒・大号泣がいつも唐突に発生するんです。
物心ついた頃から、他人の気持ちが分からなくて困っていた。私が困っている=周囲も困らされているというわけで、だいぶ申し訳なかった。私だけが妖怪みたいだと思っていた。しかもいまいち妖怪の自覚がないので、気を抜くとすぐ妖怪パワーで人間の心を引き裂いてしまうのだ。迷惑すぎる。
「崖際のワルツ 椎名うみ作品集」には短編漫画3作が収録されている。表題作の「崖際のワルツ」は高校演劇部の新入部員2名を主軸にした話だ。
西園寺華(さいおんじ・はな)はとてつもない大根役者で、空気が読めないため入部早々に浮いていた。そんな華が寸劇のペアを組むことになったのは、発言の険しさゆえに同じく部内で浮いていた五反田律(ごたんだ・りつ)だった。1週間後の新人発表会のため、律は華が大根役者のままでも成立するよう脚本を書き、自らの演出通りに動くよう徹底的に指導する。華はやっとできた友人である律に嫌われないよう忠実に指示に従っていた。だが迎えた本番、自我を捨てていたはずの華の演技はしだいに律の演出から逸脱していき――という筋書きである。
椎名うみはコミュニティから疎外された人の激情を描くことに長けた作家だ。ずっと孤独でいた人が、他者を渇望して空回りし、たわむれに差し出された手に必死にしがみついてお互い傷だらけになってしまう。そんな滑稽ですらある様子を、痛ましく、愛らしく描いている。
続いて「わたしは、あなたとわたしの区別がつかない」というエッセイを紹介したい。これは自閉症当事者で高校生の藤田壮眞さんが幼少期からの出来事を振り返りつつ、当時の身体感覚や思考回路をつぶさに書き記したエッセイだ。本書のあとがきにはこうある。
<わたしはこの本に書いたように、幼い頃は周りが見えなかった。いまは見えている。わたしたちは、ゆっくり成長するのだ。いつまでもずっと同じ自閉症ではない。(p.220)>
私はどうだろう。人の心が分からないときは、母親や友人に教えてもらう。教えが身についているかは微妙だが、子どもの頃よりは妖怪パワーも抑えられていると思いたい。