「おっちゃん、今日はこの冬で一番寒いし、うどん食べて温まろ!」
優しい声をたどった先には、大柄で迫力のある男性。大前孝志さん(通称・キンちゃん)だ。彼は元暴力団組員で、覚醒剤取締り法違反や暴行傷害などいくつかの罪で収監された経験を持つ。
まもなく万博が開催される大阪。その中心部に位置する西成警察署のお膝元で、生活困窮者に無料うどんを提供するうどん店「淡路屋」を経営している彼は、ドキュメンタリー番組で特集されたこともある。
大阪万博に揺れる西成
大阪市中心部に位置し、アクセス便利な萩之茶屋(通称・釜ヶ崎、あいりん地区)は、簡易宿泊所が多数密集していることでも有名である。
また、最近では近隣の天王寺にあべのハルカスや星野リゾートが建設され、その周辺には日本有数の遊郭(風俗街)・飛田新地が息づくいている独特な地区でもある。
この地には、関西圏やそれ以外の地域の土工や解体業などの仕事の求人活動が行なわれる「あいりん労働福祉センター」があり、日雇い仕事のハローワークや売店や食堂、喫茶店、市営住宅などが完備されている。そこにいる労働者やホームレスの数は、2万5800人にも上るという。
昔と今の西成の違いについてキンちゃんはいう。
「うーん、犯罪者とヤクザが減ったね。だから、シャブ(覚醒剤)の売人も減った。相変わらず、ポン中のおっさんが夜中に大声出して叫んではいるけど」
彼のマネージャーの上田雅氏も「僕もそう痛感させられます」と相槌を打つ。
腹が減ると悪事に手を染める
「俺は身に覚えのない罪でフィリピンに逃げていたとき、金のない俺に弁当と水をくれた現地の警備員のおばちゃんがいた。泣きながら食うた俺はそこで初めて改心して、人間の温かみを知ることになったんやね」(キンちゃん、以下同)
とはいえ、いまだ日本の万引き犯罪の多くが生活困窮者であり、ついひとつの握り飯を求め、万引きや窃盗が起きるのが現状だ。しかも西成ではそうした事件は日常茶飯事だという。