潜在能力を引き出すためには

また「全か無の法則」というものがある。ウェイトトレーニングでこれを説明する。私は故障を防ぐため、そしてウォーミングアップのため、はじめは軽い重量で回数を多くして挙げる。そして少しずつ重量を増していきながら、回数は少なくする。その中で週に一度ほどであるが、極限(マックス)の重量に挑戦する。当然、回数は1回であるが、失敗することのほうが多い。

最初の軽い重量では、回数を多くしても苦にならない。これは筋肉内にある筋繊維の働いている数が少ないためである。だが極限の重量に挑戦するときは、筋繊維のほとんどすべてが働く。

このため、たった1回とはいえ大変きつく感じるのだ。私は筋力アップが必要なことから、筋繊維のほとんどすべてを一度に働かせるために、このような練習を行なった。これも潜在する能力を引き出すひとつの方法である。

このように潜在する能力を引き出すには、何らかの強いインパクトが必要なのかもしれない。なぜならば、人は厳しさを求めるより、楽をして過ごしたいという考えが根底にあるからだ。

私も中学生のころ、隠居生活に憧れを持っていたことがあった。怠け癖があったのかもしれない。勉強にしても、自分の興味の持てないことは面倒くさい。しかし陸上競技を始めてからは、考え方が一変した。特にオリンピックに出場したいと思うようになってからは、厳しいトレーニングもあえて行なう強い心を持つようになった。

潜在能力とは、自分がこうしてみたいと思うときに、必然的に引き出される力である。だから関心のないことをしていても、それ以上の力は出てこない。要するに、自分が持っている能力でまだ発揮していないものがあるだけで、その力を発揮しなければいけないときに現れるのが潜在能力なのである。

競技の道に入って真剣勝負をするようになり、私は変わった。息子と娘もそうだった。競技で勝つために練習することで、記録が伸びていく。能力が伸びていく。そこに面白さがあって、のめり込んでいく。

スポーツでなくても、何か真剣に打ち込むものがあればいい。そこに向かうことによって、子どもが横道にそれることもなくなると思っている。価値観が変わってくるからである。

これは決して、私たち家族だけに当てはまることではない。すべての人にその可能性はある。そしてそれは競技スポーツだけではなく、あらゆる分野においてである。

2000年7月22日、ハンガリーのブダペスト、パーミット陸上競技大会。人民競技場での広治氏、重信氏、由佳氏  写真:AP/アフロ
2000年7月22日、ハンガリーのブダペスト、パーミット陸上競技大会。人民競技場での広治氏、重信氏、由佳氏  写真:AP/アフロ
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また人にはそれぞれの個性(特性)があるので、その個性をよく知って、自分にとって、より可能性の高いものを見つけるべきであろう。だが大きな可能性のあるものを見つけただけでは、事を成すことはできない。

厳しい道のりにはなるだろうが、やはり自分の中に眠っている能力を引き出してこそ、成果は出せるのである。

野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える
室伏重信
野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える
2025年3月17日発売
1,045円(税込)
新書判/208ページ
ISBN: 978-4-08-721356-0

「アスリートから芸術家まで。今、困難を乗り越えて、何かを獲得しようとしている人々にとって示唆に富む本」室伏広治氏

◆内容◆
陸上競技ハンマー投げ選手としてアジア競技大会5連覇を達成し、「アジアの鉄人」と呼ばれた著者。
競技者としてだけではなく、長男でアテネ五輪金メダリストの室伏広治をはじめ多くのアスリートを指導してきた。
著者は世界の強豪に比べれば決して恵まれた体格ではなかったと言うが、太い骨格に大きな手を備えた自身の肉体の特徴に「ネアンデルタール人」の面影を感じていたという。
そんな「ネアンデルタール人」の末裔(まつえい)として、今も指導する選手を通じ、会心の一投を追究する男が明かす競技人生とスポーツ哲学。自他の才能を引き出す、究極のコーチングとは? 室伏広治との特別対談も収録。

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