M-1ラストイヤーで優勝できず、「とりあえず」東京へ

2005年に結成し、関西を拠点に活動してきたガクテンソク。「THE MANZAI」「ytv漫才新人賞」など、さまざまな賞レースで決勝に進出してきた。大阪の漫才劇場や営業、在阪のテレビ出演などでも十分に食べていける状況だったが、2023年4月、活動拠点を東京に移すことに。

当時、同時期に上京した芸人の多くは若手ばかりだったという。その中で、41歳で東京に出ることに迷いはなかったのだろうか。

「もともと『M-1グランプリ』に出るために結成したコンビなので、M-1ラストイヤーだった2020年が一番焦りましたね。僕たちは“実力派”と言われることはあっても、実際に賞レースで優勝したことがなかった。決勝には進出するけれど、あと一歩のところで届かない。

最初はみんなで同じレースを走っているのに、決勝を意識し始めると、いつの間にか“マリオカートのタイムアタック”みたいになっていく。前年の自分のゴーストが目の前を走っていて、『どうやったらあのコーナリングで(過去の自分たちに)勝てるんやろ』と試行錯誤するうちに、どこかでぶつかってダメになる。そんな状況に、焦りや苛立ちを感じていましたね。

M-1の出場資格がなくなった後は、『次に何を目指したらいいんやろう』と悩みました。今さら漫才をやめるわけにもいかない。そこで思い切って、相方と『環境を変えてみる?』と話し合い、東京に拠点を移すことにしたんです。

この決断をしたときは焦りよりも、40歳を過ぎてまだ親孝行もできるような結果を出せていない“現実を受け入れる”と言うほうが正しいかもしれないです」

43歳で気ままな独身貴族を謳歌している奥田さん
43歳で気ままな独身貴族を謳歌している奥田さん

恥の上塗りは悪くない。「塗れば塗るほど」艶が出る 

東京に拠点を移した直後の2024年、結成16年以上の漫才師を対象とした「THE SECOND~漫才トーナメント~」で優勝したガクテンソク。仕事の幅は広がっても、奥田さん自身はあまり変わらず、「日々、恥ずかしい人生」と笑う。

「『THE SECOND』王者というありがたいチャンスをもらって、ようやく多くの人に知ってもらえるようになりましたが、そこに至るまで20年もかかっています。それ自体が恥ずかしいですし、そもそもTHE SECONDがなければ、今どうなっていたかも分かりません。

でも、“恥の上塗り”が悪いとは考えていない。むしろ、塗れば塗るほど艶が出ると思っています。他人と比べる必要はないですし、そもそも自分は恥ずかしい生き物だと思えば、何も思うことはありません」