イチローの金言
メジャーリーグを引退後、全国の高校を回って指導をしているイチロー氏も、その問題意識を強く持っているようだ。2023年11月4日、5日の2日間にわたって、北海道の旭川東高校で行われた選手指導のなかで、イチロー氏は高校生に向けてこんなメッセージを贈っている。少し長くなるが、当時の新聞記事(スポニチアネックス 2023年11月6日)から引用する。
「今の時代、指導する側が厳しくできなくなって。何年くらいなるかな。僕が初めて高校野球の指導にいったのが2020年の秋、智弁和歌山だね。このとき既に智弁和歌山の中谷監督もそんなこと言ってた。なかなか難しい、厳しくするのはと」
「これは酷なことなのよ。高校生たちに自分たちに厳しくして自分たちでうまくなれって、酷なことなんだけど、でも今そうなっちゃっているからね。迷ったときに、この人ならどう考えるんだろって存在は、そんな自分で整理してこれが正解だと思うっていけないですよ、なかなか」
「自分たちを尊重してくれるのはありがたいけど、分からないこともいっぱいあるからもう少しほしいんだけどってない? あるよね? これは高校野球というよりも大きな、もうちょっと大きな話になっちゃうね」
「でも自分たちで厳しくするしかないんですよ。ある時代まではね、遊んでいても勝手に監督・コーチが厳しいから全然できないやつがあるところまでは上がってこられた。やんなきゃしょうがなくなるからね。でも、今は全然できない子は上げてもらえないから。上がってこられなくなっちゃう。それ自分でやらなきゃ。なかなかこれは大変」
イチロー氏のメッセージは、直接的には高校生に自律を促すものだった。一方で、チームのあり方に踏み込むメッセージも贈っている。
「本当はこれ言いたいけどやめとこうかなってあるでしょ。でも、信頼関係が築けていたらできる。おまえそれ違うだろって。いいことはもちろん褒める。でも、そうじゃない。言わなきゃいけないことは同級生・先輩・後輩あるけど……1年から2年に言ったっていいよ今は、大丈夫。そういう関係が築けたらチームや組織は絶対強くなりますよ。でもそれを遠慮して、みんなとうまく仲良くやる、ではいずれ壁が来ると思う」
監督やコーチ、先輩が選手に与える恐怖心は、短期間に限って言えば一定の効果が見込まれる。だから、クライマックスシリーズや日本シリーズなどの短期決戦では、奥の手として使う監督もいるかもしれない。
しかし、選手のモチベーションを考慮すると、長い期間は続けられない。長期にわたるチームづくりをするうえでは、それは目指すところではない。
恐怖心ではなく緊張感。その意味に限ってだけ、パワーバランスがあってもいいのではないか。イチロー氏が示唆したのも、緊張感を持った個が集まることで、チームに計り知れない好影響がもたらされるという意味合いだと私は解釈した。