高齢者の自己負担を3割にすると健康は損なわれるのか

1.70歳以上の窓口自己負担割合を一律3割負担とする(1.0~5.1兆円の医療費削減効果)

現在、日本の医療費の窓口負担割合は、以下のようになっています。

0~6歳:2割(医療費自己負担ゼロの自治体居住者を除く)
7~69歳:3割
70~74歳:原則2割(現役並み所得者は3割)
75歳以上:原則1割(一定以上の所得がある場合は2~3割)

車やテレビなどの一般的なものが、価格が上がれば需要が減るように、医療サービスも、患者さんが支払う必要のある価格(窓口負担額)が上がれば、受診控えが起こり、需要が減ることが知られています。

東京大学の重岡仁先生が行なった、日本のデータを使った研究でも、70歳になって自己負担割合が3割から1割に減ると、顕著に医療サービスの需要および消費量が増えることがわかっています。

70歳になり窓口負担割合が減ると、外来受診は増える(中室牧子・津川友介著『「原因と結果」の経済学』より) 
70歳になり窓口負担割合が減ると、外来受診は増える(中室牧子・津川友介著『「原因と結果」の経済学』より) 

 つまり、自己負担が増えればその逆で需要が減ります。重岡先生の研究では、具体的には医療サービスの窓口負担が10%増加すると、約2%需要が減るという結果でした。

一方で、この重岡先生の研究では、窓口負担の増加によって、大きな健康への悪影響は認めないということもわかりました。

70歳になり窓口負担割合が減っても、死亡率は変わらない(中室牧子・津川友介著『「原因と結果」の経済学』より)
70歳になり窓口負担割合が減っても、死亡率は変わらない(中室牧子・津川友介著『「原因と結果」の経済学』より)

この研究以外にも、日本のデータを用いて窓口負担割合の影響を評価した研究は数多く行われており、それらを総合的に判断すると、窓口負担割合を3割程度まで引き上げても、健康への悪影響はない(あっても小さい)と結論づけることができます。

その理由としては、窓口負担割合の増加で影響を受けるのは主に軽症患者だからです。窓口負担割合を引き上げても、高額療養費制度さえきちんと機能していれば、最終的に患者が負担する医療費は常識的な範囲内にとどまると考えられます。

手術や抗がん剤などの命に関わる医療に関しては、高額療養費制度によってカバーされるため、受診控えはあまり起こらず、一方で、風邪での外来受診など健康に影響のない不必要な医療サービス(※ウイルス感染である風邪には有効な治療はないため、医療機関を受診してもメリットはない)が抑制されるためだと考えられます。

この改革でどれくらいの医療費が削減できるのでしょうか? 精緻な研究は行われていないため、いくつかの仮定を置いた上でざっくりと数字を計算してみますと、70歳以上の高齢者の窓口負担割合を、一律3割に引き上げることで、1.0~5.1兆円の医療費抑制効果が期待できます(※)。

一点だけ注意が必要です。過去の研究から窓口負担割合を引き上げても、患者の健康への悪影響がない、もしくは小さいことが分かっていますが、これは現行の高額療養費制度の下のでの評価です。

つまり、高額な医療費がかかるような重症患者はしっかりと高額療養費制度で守られており、受診控えが起こらない状況下における影響を見ていることになります。

いま日本で議論されているように、高額療養費制度の自己負担額の上限を引き上げ、この制度が弱体化した場合には、状況は変わってしまい、窓口負担割合を引き上げると(受診控えが起こり)健康被害が出る可能性があります。

この点からも高額療養費制度の重要性が分かります。日本の皆保険制度の根幹である、高額療養費制度さえしっかりと制度を維持しておけば(自己負担額を引き上げなければ)、その他の健康保険制度を変更しても大丈夫だということです。