あの大ヒットシリーズに“知られざるドラマ” 

――藤倉さんは「音楽業界にヒットの法則はない」、だから「絶えず変革し」「ヒットが出ているときも挑戦し続けることが大事」とおっしゃっていますが、“時代を読む力”を養うために意識されていることはありますか?

藤倉(以下、同)「時代を読む」というと少し大げさかもしれませんが、「今の時代に、必要なものはなんだろう」ということは常に考えています。言い換えるなら「それぞれのアーティストが今、何を考えて、何をしたいんだろう」ということで、これが私たちの未来の道しるべになるんです。

アーティストと話していると、いろいろな夢を聞くことができます。「グラミー賞のステージに立ちたい」「1位になりたい」「世界中の人たちに聴いてほしい」など千差万別です。

そうした夢に触れ、そのために我々には何ができるのかを考えていくなかで、見えてくる景色があるのかなと思っています。だからライブにはよく顔を出します。年間120回ほどは行っていると思います。

ユニバーサル ミュージックの藤倉尚社長
ユニバーサル ミュージックの藤倉尚社長
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――藤倉さんは現場時代、徳永英明さんなどのヒットを手がけたとうかがいましたが、2005年に発売されて、以後、大ヒットシリーズとなった徳永英明さんの『VOCALIST』について教えてください。数あるカバー集の中で、なぜ、このシリーズが人々の心に刺さり、売れるのでしょう。

当時はちょうど、徳永さんがデビュー20周年でしたが、周年というとベスト盤を出すことが多いんですよ。ただ、当時の徳永さんは大きな病気をされた後で、じつは「いつまで生きられるかわからない」とお医者さんに言われていたとお聞きしました。

シンガーソングライターは、「自分が作りたいものを作って、それを好む人に聴いてもらえればいい」という人が多いんですが、そうした体調のこともあってか当時、徳永さんもスタッフも、「自分が作りたいもの」よりも「ファンが真に望むものを届けたい」となったんです。

じゃあファンが喜ぶものってなんだろうと考えたときに、「あの綺麗なハイトーンボイスを活かして女性の歌を歌ってみたらどうか」との案が出たんです。

2015年に第1作がリリースされ、累計600万枚! 国民的カバーアルバムシリーズとなった徳永英明の「VOCALIST」
2015年に第1作がリリースされ、累計600万枚! 国民的カバーアルバムシリーズとなった徳永英明の「VOCALIST」

――男性による女性の歌のカバー集というのは当時、すごく斬新な印象を受けたのですが、この案に徳永さんは最初から乗り気だったんでしょうか。

いや、むしろ「ヒットしたアーティストに失礼では」と消極的だったと思います。ただ、やるならば譜割に忠実に、原曲キーで歌いたいと。これって簡単なことではないんですが、徳永さん流のアーティストへのリスペクトなのだと思います。